少女の名は
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それはちょっとした疑問だった。
衣装待ちのちょっとした繋ぎの会話。
だが、一度疑問を口にしてしまうと色んな事が気になってくる。
「そうだろ?システムとしてあんたがいる意味は何だろうか。召喚して肉体与えて送り出すだけなら会話すら必要ない。さっさと送ってしまった方が面倒も手間もいらないぞ」
「えっ、えっ?」
首をかしげ、本当にどういう事かわからないみたいだ。
「さっき127年ぶりと言っていたが、そんな前からシステムとかはやっていたのか、こんな所で」
「英雄召喚の儀式が始まったのは2027年前ね。今回が127年ぶり28回目の儀式。私はずっとここでやってきたわ。」
胸に手を当てて『どうよっ』って感じの表情。所謂どや顔ほど下品さがないのは、この少女だからか。しっかし、2027年って。初見で人間ぽくないと思ったりしたが、本当に人外さんとはなぁ。こんな草しかないところで長年生きてきて、そのうちで他人に会ったのは28回だけ。
「さみしいとかはないのか?ずっと一人で」
「さみしいって何よ。ううん、意味は分かるわ。でもそんなの感じたことない。それよりもそろそろ完成だよ」
この娘には失敗したかと『不安』になったり、私が慌てているところを『笑った』り。普通に感情がある。表情も年頃の少女通り(見た目だけらしいが)コロコロと変わる。それこそ、箸が転がっただけで笑いかねないぐらいに。
なのに、寂しいとは感じないのはどうも不自然だ。そういう風に造られたのかねぇ。何処の誰かはわからんが。
「どうぞ」
少女は両の掌の中にあった魔力の塊を、私の方へと飛ばす。光が全身をおおう。先程と逆に、物質に変換されていく。アニメの変身シーンみたいだ。と言うか、魔法の変身だった。38才マッチョの変身シーン。誰も得しねぇなぁ。
光がおさまった後の自分の姿を見る。見覚えがある。20代後半、私が全盛期のころによくしていた格好だ。赤色ベースに青いラインがいくつも入った全身タイツ。胸には金の日輪。そこにファイヤーパターンに金の刺繍が入ったマントやブーツ。勿論、どれもが今の体格に合わせてある。素材はよくわからん。伸縮に優れ動きを阻害する要素は全くなく、かと言って脆かったり破れやすいという印象もない。
だがしかし、これでは足りない。
「そして、これ。よく分からないけれど、あなたの魂が一番求めていたの」
少女の手にある、それ。
そうだ。これだ。これがなければ始まらない。
私はそれを受けとる。
ドクンっ。
手に取っただけで脈拍が早くなる。
体が熱い。
両の目から涙が溢れ出る。
ああ、私はこんなにもこれを愛していたのか。
こんなにも欲していたのか。
こんなにも戻りたかったのか。
「ありがとう。私は再度、太陽となれる……済まない。君の名前を私は知らない。お礼をする前に聞いておくべきだった」
「名前?私は英雄召喚システムだよ」
「?そうじゃない、君自信の……そうか、ないのか」
聞くまでも無かったのかもしれない。この場では彼女の名を呼ぶものはいない。召喚で来た者も、システムとしての行動が終われば録な会話もないだろう。必要が無かったんだ。
「名前……名前……英雄召喚システムじゃない、私の名前……ほしい……私、名前が欲しい」
少女は子供がお菓子やオモチャを欲しがる様に、両手をあげて私へ跳ねる。……私が名付けるのか?自慢じゃないがセンスないぞ。
「待ってくれ。大事な名前だぞ、私なんかじゃ……」
「名前くれないの?」
「う」
可愛い子は怖い。そんな表情をさせると罪悪感で死にたくなってくる。
「後悔しても知らんぞ……」
目を閉じ手で顔をおおう。名前、名前……。明美、早苗……いかん、飲み屋のねーちゃん達じゃないか。ミー子……は隣の家の猫か。いかん、身近な所の名前しか浮かばない。
海外ぽい名前の方がいいのか?でも、海外の知り合いなんぞ、マッチョで無さっ苦しいのしか知らん。まさかゴンザレスとか着ける訳にはいかんし。
指の隙間から少女を見る。……ああ、何て期待に満ちた表情だ。あっ……思い付いた……でもいいのか?
他にも何かあるんじゃないか?……浮かばない……むしろこれしかない気がする。
「……シルク。シルクでどうだ」
白い髪に白い肌。それを再度見たとき、真っ白な絹が思い浮かんだ。
「シルク……」
少女は目を閉じ、何度も『シルク』と呟く。
「……私の名前……シルク!」
どうやら気に入ってくれたようだ。声に喜びを感じる。
名付けてみたものの、安直だったかなと不安だったのだ。後輩にもよく言われた。『太陽さん、ストレートっスよ。ストレート過ぎて逆に変っス。』とか。学がないからな、と笑って返していたが実はすごく凹んだんだ。
「喜んでくれて私も嬉しいよ……おい、大丈夫か?
」
目の前の白い少女、シルクは人外じみた美貌を持っている。それは整いすぎていて、不気味に感じるほどだ。しかし、彼女のコロコロと変わる表情が、彼女の美貌を親しみ易い物へとしていた。そうでもなきゃ、こんなべっぴんさんとは怖くて話せないぞ。
何でそんなことを今思うか。そりゃ、目の前のシルクには無いからだ。
瞼を開いたシルクには表情がなかった。
無機質。機械的。人形。
目の前で切り替わっていなければ、別人と言われても信じる。
変化はそれだけじゃない。
あの澄んだ青空。
それが夕焼けに。
シルクの瞳の色が青から緋へと変わっていた。
次回『俺の名は』