英雄召喚システム
所謂神の白い部屋
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しろ。
しろ。
白。
光に満ちた世界。
白い世界は続いていた。あのトラックに跳ねられた後の世界は続いていた。
まだ時間がゆっくりに流れているのか?死んでしまう覚悟をするのに、あれがありがたかったのは認める。しかし、さすがに長すぎる。いい加減死なせてくれないと覚悟が鈍る。
……。
まさか永遠にこのままって訳じゃないよな?
真っ白で音もなく、体の感覚もない。ただ思考だけ。思考だけでこのままずっと?冗談じゃない。死なせてくれ。いや、まて。もしかして。もしかしてこてがあの世の正体なのか?だとすると間違いないな。地獄だ。ここが地獄だ。何の罰が当たった?あれか、あの時食べた、ばぁちゃんの饅頭か?
「そんなわけ、ないじゃない」
ふいに何もない白い世界に声が生まれる。
「少なくともここは地獄じゃないよ」
白から青に。
世界が切り替わる。
同時に背中になにかが当たる感覚。
青は……空。あの最後に見たのと同じ様な青い空。
背中の感覚は地面……か?
その二つの認識が済むと、洪水のように次から次へと感覚が甦る。
背中の感覚はより正確に。柔らかい何か。これは……草だ。頬に当たる風が匂いを運び、私に草の存在を教えてくれた。
草の匂い、土の匂い。
風の音、草が揺れる音、私の心音。
青い世界に白いものが流れる。あれは雲か。
草は柔らかく、優しいその感触は全身で体感する。
……まて、全身で?
私の腕や脚は事故の時に千切れたはずじゃ?まさかっ。いや、動く。草を握る。私はそのまま草をむしり、視界に入るように腕を持ち上げた。ある。両手ともある。傷ひとつなくそこに私の腕はあった。
「おれの……うで……」
口から音が漏れる。
これはおれの声か?
「何当たり前の事を言っているの?」
先程聞こえた声と共に少女が覗きこむ。
白いワンピースに白く腰まで伸びた髪。肌も色素が薄く白。睫毛も眉毛すらも白。
ただ、瞳の色だけは空の様に綺麗な青。
色もそうだが顔つきも日本人とは違う。
いや、日本人どころか人間なのか?
そんな感想を持つほどの透明感と美貌。整い過ぎて怖い。
「やっと起きたと思えば意味不明な言動。失敗しちゃったかな?」
「き……みは……」
「私?私は英雄召喚システム。英雄召喚の儀式が行われたので、異世界から貴方をこの地に喚んだの。ねぇ、何処か問題発生したかな?」
英雄?召喚?なんだそれは。
私は喚ばれた?ここに喚ばれた?
ここは何処だ?
私が跳ねられたのは道路だ。なら、背中にあるべき感触は柔らかい草ではなく、硬いアスファルトじゃないのか?
私は上半身を起こす。何の問題もなく、私の指示通りに体は反応した。
「きゃっ、急に起きないでよ」
「す、すまん……なぁ、ここは何処だ?」
草原。
白い少女の背後には見渡す限り……じゃない。地平線まで続く草原。探せば何処かにあるのかもしれない。例えば北海道とか海外に。しかし、少なくとも私が跳ねられた先にあるような風景じゃない。
「だとすると、やはりあの世か?」
「だーかーらー、そんな所じゃないってば」
むぅ、あの世や天使と言われた方が納得できるのだが。
「ではここは?」
「ここは英雄召喚システムの中。世界に喚ぶため、まずは魂をここに来てもらったんだよ」
「聞くほどにあの世みたいなんだが……魂とか」
「魂じゃないと喚べないもの。世界を肉体を持ったまま渡るのなんて、神様でも無理じゃないかな?
神様に肉体があるかは知らないけれど」
わからん。しかし、この風の感触や草の匂いは肉体が感じているものとは違うのだろうか?
「それは当然、肉体だよ」
ますますわからん。
「さっきは魂でなければ喚べないと言ったのに、今度は肉体?どういうことなのか分かるように教えてくれないだろうか」
私は立ち上がり、少女へ頭を下げる。んっ、何かおかしい。視界に違和感がある。視線の高さに違和感がある。
私の身長は185センチ。なのに地面までの距離が何時もより遠い。そう、リングでロープを一つ二つと登った時のように。少なくとも50センチ。
「気付いた?それが貴方の新しい肉体だよ」
言われて私は全身を見てみる。手や腕、胸元や体を捻りつつ見える範囲を。長年見続けた特長はそのままだが 、大きさは一回り以上違う。握りこぶしなんかは野球のグローブでも着けているようだ。そして、事故の傷跡どころか今までの人生でおった傷が、一つ残らず消え去っている。額もツルツルだ。肌も若々しい。
傷……表面の傷は消えた……ならば中の傷はどうだ?
プロレス人生を諦めることになった膝の怪我。私は片足を上げ、地面を踏み締める。……大丈夫だ。ならばもっと強くは?もっともっと強くは?痛くない、痛くないっ。10年間私を苦しめてきた膝が全く、微塵も痛くない。
自然と笑みが浮かぶ。
年柄もなくはしゃいでしまう。
跳び上がり、それでも痛みがないか確かめてみようっ。
えっ?
軽く、軽く跳び上がったつもりだ。今までは膝の痛みでそんな程度の力でもジャンプなんてできなかった。だがこれは……まさか軽くで今の私の背ほど跳べるとは。
軽くやってこれならば、全力を出せばどれ程の結果が。
唾を飲む。
試してみたい。そんな欲求は当然の流れだった。
この肉体の性能は凄まじかった。
軽く人類を越えていた。
デカイが速い。疲れない。何度でも跳び跳ねれるし、動きのキレもいい。精密な動きも的確に。
そして、今更ながら気付いたが……全裸だ。
さすがに気まずくなって前を両手で隠し、恐る恐る少女を見る。が、少女は気にした様子は全く無いようで、説明を続ける。
「英雄の魂をここに喚んだ後、その魂を解析。そして、魂の在り方に合わせた肉体を作成したの」
「元の肉体とは色々と違うようだが」
「それはこちらの世界にカスタマイズした結果ね。世界の法則が違うからその法則にそった肉体になるんだよ」
「それがこの巨体……こちらの世界とやらはみんなこんな巨人ぞろいなのか」
なるほど、世界が変われば体格も変わるか。ならば腕二本、脚二本とか見た目の法則は同じ様ななのは幸いか。足がヒレだったり手が触手だったりでは動かしかたもわからん。
「んー、普通の人はそちらとあまり変わらないかな。貴方がおっきいのは、貴方の魂がそれを求めたからだよ」
なぬっ?
やっぱりわからん。
「まず言っておくけれど、その体は貴方が前の世界で研鑽した結果。降って湧いて出て きたものではないわ。貴方がしてきた修練があってこそ。あちらの世界での肉体は魂ほ ど鍛えられなかっただけ。その肉体こそが魂に見あった、この世界でのポテンシャルよ 」
まだよくわからんが、こちらの世界は成長効率があちらよりも良いのだろうか。後は成 長限界も違うのだろう。そうでもなければ2メートルを越えてこんな動きができるのは あり得ない。
そもそも英雄召喚とは何だろう? 私はプロレス人生でそれなりのファンが居たとは思う。だが、終盤は怪我でろくに動け ないポンコツレスラーだ。英雄にはほど遠い。
「私はシステム。英雄召喚の儀式が行われたから、その儀式のタイミングで喚べた英雄 の魂を喚んだだけ。何故、貴方が英雄なのかは私の知るところではないわ」
「その英雄呼ばれる条件は?」
「英雄召喚の儀式が行われた瞬間に魂だけの状態であり、その中で最も英雄と心から呼ぶ人間が多かった者。それがこのシステムにおける英雄よ。今回は武の英雄召喚の儀式だったから、戦いに秀でた英雄ね。もちろん英雄と呼ぶ声は、 一定数以上なければ喚べないわ。その想いがこちらに呼ぶエネルギーとなるのだから 」
信じられん。戦いに秀でたと言うのはレスラーだったからか。しかし、私を英雄と呼ぶ声?その一定数と言うのは案外少なくてもいいのかな。
「ちなみに貴方の場合2000万人以上居たから、こちらに喚ぶのは簡単だったよ。いつも これぐらいいればいいのに」
なんだその人数。全く意味がわからん。
まぁいい。私は一度死に、そしてこの地で甦った。
理由は英雄として喚ばれたから。
わざわざ死人を喚んだんだ。お茶を飲みながら話をしたいとかじゃないだろう。
英雄にさせたい事か。面倒なことになるのは間違いないな。
次回『魔力』