大城太陽の死
はじめまして
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衝撃。
たまに受ける打撃のピンポイントなそれと違い、全身を突き抜けていった。
産まれてから今まで38年。多くの怪我もした。
流血沙汰も日常茶飯事。特に額は傷痕だらけだ。
骨折もした。一度頸椎やった時は本当にヤバかった。
入院も何度もした。……商売柄仕方がないとは言え、自分でも呆れるほどの通院歴だな。
だから、と言うわけでもないが理解をした。
その衝撃が、私の命を維持するための重要な器官をいくつも終わらせたことを。
多くの骨が砕け、それらが私の内部を壊したことを。
痛みは最初だけで今はなにも感じない。これはありがたい。
腕がもげる痛みなんて感じたくはない。ん、私の右脚は何処だ?
それにしても、妙に頭のなかはスッキリしている。衝撃からまだ1秒も経っていないんじゃないか?これが走馬灯とか集中力の世界とかゾーンとかいうやつだろうか。
一瞬で終わらせてくれた方が楽だったかもしれないが、痛みもないし、自由に手足を動かせるわけでもなし。どうやってこのユックリとした世界から抜け出せるのかも分からない。
なら、今できることをして過ごそう。思考を巡らそう。まだある生を最後まで感じよう。
まずは視界いっぱいにあるこいつだ。
四トントラック。
ちょっと先にある建築中マンションの基礎工事に向かうところだったのか。工期が遅れているとか、大家のおばちゃんが言っていた気がする。それで疲れていたのかなあ。
でも駄目だろ、居眠り運転なんて。そんなビックリした顔しても遅いよ。私とは違って前途ある少年を跳ねそうになったんだから。私が気付かなければ今の私の様になっていたぞ。
そうだ、少年は大丈夫だろうか?折角突き飛ばしたのに、まだ巻き込まれる様なら私の無駄死にだ。無事である事を祈る。
そもそも、咄嗟の事でなければもう少し上手くやれたかもしれない。突き飛ばしつつも私も助かる道……無理だな。それをするにはスピードが足りない。膝の怪我がなければもしかして……と思わないでもないが、それは今さらだ。ならば衝突時はどうだ?私は受け身をとるのは得意だ。接地面を減らし、衝撃も減らし、ダメージを分散し……いや、認めよう。強いな。うん、つえーなートラック。ワンパンで撃沈された。
助かるのは棉しか少年。
ならば、あの瞬間、そして今、この状況がベストだった。
怪我をして怪我をして、その先で仕事を辞める事になった先が見えない私と。
まだ何者でもない多くの未来が待っている少年と。
トラックに跳ねられそうな少年がいて、頑張ればそれに手が届く私がいた。
やりたい事を失った私にあの瞬間、やりたいと思ったんだ。
反射的に動いてしまった結果とは言え、これがベスト。
自己満足かもしれないが、ね。
思考中に少しは時間が流れたのだろう。
トラック全面でへばりついていた様な状態から、少し私の頭部が意思とは関係なく別の方を向く。
首の骨も折れているな、これは。
ん、あれは……
自由に動かせない視界の先に、少年がいた。
まだ小学生になったばっかりだろうか。
ランドセルはほとんど傷がない。
突き飛ばされ、転けて、膝でも擦りむいたのか?
ごめんな。
泣いているようでこちらは見えていない。
背後で何が起こっているかも気付いていない。
あの頃にはよくあることだ。
ちょっとした怪我や痛みで世界から隔離される。
それでいい。
少年にとってそれがベスト。
私何かが跳ねられている所を見てはトラウマものだろう。
死を見るのはまだ先でいい。
痛みで泣いて、もうしばらく外界をシャットアウトするんだ。
そしてそこから動くな。
危ないからじっとしてるんだ。
死の光景は何時までも思い出してしまう。
忘れたくても夢に出る。
ましてやこんなグロいのは駄目だろ。
やがて少しずつ、時間の流れが元へと戻っていく。
少年の姿は視界から通りすぎ、固定されない頭部は空を見上げる形になる。
いい天気だな。
雲一つない。
視界いっぱいの青。
ああ、これが私の見る最後の光景だ。
トラックの前面よりは何倍もいい。
死ぬ前に見たのがトラックのおっちゃんのビックリ顔なんて嫌だ。
トラックが体から離れる。ようやくブレーキを踏んだか。遅いよ。
衝突のエネルギーが私を空に舞わせる。
ありがたい。
頭部は空を見上げたままだ。
あと少しすればこのスピードのまま、地面へと叩き付けられるだろう。
視界は青。
青。
青一色で時間の流れも分からない。
感覚はなにもなく、世界はただ青い。
あお。
あお。
あお。
そのあおのせかい。
その青の世界に。
青一色の中にただ一つ。
ただ一つのそれが青の世界を白く塗りつぶす。
ああ、あれは
わたしの……なまえ……と
おな……じ……
その日のニュースで彼の死は日本中でに知らされた。
その英雄的行動と彼の特徴的な元職業のため、暫くワイドショー等を賑わせた。
中には昔のアニメになぞらえ『平成の~』と呼ぶ者もいた。
葬儀は天涯孤独だった彼のために元の職場が行い、彼の元からの人気と、死後の人気から多くの人が参列した。
その中には母親に連れられてきたもののよくわかっていない助けられた少年もいた。
しかし葬儀も終わり暫くもたつと、他の事件や事故で『ああ、そんなニュースもあったね』と流されていった。
彼の名は大城太陽。
膝の怪我で引退した職業はプロレスラー。
彼の物語はここで終わり、そして始まる。
次回『英雄召喚システム』