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1.

 青白い氷河の下には冷たい海が広がる。

 人間にはたどり着けない世界で、仮初の器と名を捨てて、私は真実に還る。

 裸で泳いでも冷たくはない。

 大体において私は服を着るのが大嫌いだが、それでは社会的にまずいらしいのでイヤイヤ着ている。

 人の世界は窮屈だ。裸で生きていけたらいいのになぁ。


 私は幻獣。

 数多の特殊な血を受け継いでいる、ミックス。つまり雑種だ。

 獣になったり人になったり空を飛んだり海に潜ったり、気分次第で自由自在。無敵の幻獣。

 そんな私が幻獣世界を離れて、人間世界をうろちょろしているのには理由がある。

 祖先が交わした約束を果たすためだ。



 その昔、祖母が人間の浮気男と恋をした。

 幻獣は人間とは比べ物にならない長寿なので、数百年以上前の話になると思う。

 ウンディーネとは因果な精霊で(突然なによと思わないでね。私にはその血が流れています)、恋した相手が浮気をしたらば、相手を亡き者にせねば気が済まないという荒くれ者でもある。

 さらに悲しいことに、相手に裏切られたらばウンディーネ自身も水泡に帰す。魂もそこで消えてしまう。

 祖母は恋に浮かれながらも冷静に、「如何か浮気をしないでください」と浮気男に直球で頼んだそうだ。

 男は、

「それなら生涯をあなたに捧げる代わりに、代わりに我が家を、どうか不思議な力で守護してくれないか。俺が死んだ後、ずっとずっと先までも」

 と交換条件を突きつけた。

 そこは黙って愛を誓うところだろうに。

 愛してあげる、そのかわりにコレしてくださいと頼みごとをするなんて、はたして純粋な愛だったのだろうか。

 とうのおばあちゃんだって、浮気男が死んだ後には、エルフ(現在の私のおじいちゃん)とさっさと結婚してしまったし、恋した男と交わした約束だって私に押し付けて幻獣世界に引っ込んでしまった。

 気持ちは変わる。

 愛は永遠じゃない。


 愛して心を砕いても、死んでしまっていなくなる。

 人間って愚かで弱くてすぐに死んじゃうから本当はあんまり好きじゃない。

 それでもそばにいれば、どうしても愛着がわいてしまう。

 ばかばかしいのに愛おしくて、見ていて飽きないからもうしばらくは、そばで守ってあげるのも悪くないかなって思ってる。

 もう少しだけね。私が飽きるまで。


 ってまあそんなわけで、おばあちゃんが勢いだけで交わした約束――北の果ての小さな町の人間の家の、その子々孫々を見守る役目は、孫である私に引き継がれた。

 でもね、王家の要人や、稀代の剣術使いや、たぐいまれな職人なんかではなくて、私が守護するその家系は何の変哲もない、善良なだけが取り柄の普通の人間だ。

 だから有事なんてめったにない(実態はどうあれ、表向きにはね)。

 私は、普段は猫の姿で、その家の中をうろちょろしているだけ(とういう体をソフィアの前では装っている)。

 ケットシーというのは猫の姿をした精霊のことで(突然なによと思わないでね。私にはその血が流れています)、私の遠い祖先の中にもふもふ好きの強者がいたらしい。だから私はいつでも猫に変身できる。

 私のような雑種はかなり珍しい。

 精霊や幻獣といったような人間から見れば異形と思われる存在の中には、純粋種と雑種の二種類が存在して、大方の幻獣は多種と交わろうなどと夢にも思わず、純粋種のみで交配を繰り返していくわけなのだが、うちの家系は雑種の中でも悪く言えば見境ないというか、よく言えば恋にオープンというか、まあそんな家系なのだ(ただ、勘違いしないでほしいのは、私だけはその流れに組するつもりはないということ)。


 


 さて、今現在私が守るべきブロムステッドさんのお宅には、一人の娘さんがおります。

 彼女の名前はソフィア。

 白雪の肌、緑の瞳、銀に近い金の髪、鼻の上には愛らしいそばかす。雪深いこの地域の人間は皆、紫外線に弱いからね。存在自体が淡くかすんで雪に溶けてしまいそう。そんなはかなくも愛らしい娘さんが、今現在私が守護するお方でございます。

 まあ守護って言っても、そばにいて話し相手になるくらいで、彼女が生まれてからこっちの二十年は、さして特筆すべき事態もない、平和な時を過ごしてきました。

 長く生きているといろんな時代を見ますのでね、やっぱり平和が一番ですよ。

 このままソフィアが幸せに年老いていける世が、続けばいい。


 ソフィアは、ブーナッドがよく似合う。ブーナッドはこの国の民族衣装。各家庭に受け継がれ、場所によって装飾が少しずつ違ったりもする。

 ブロムステッド家のブーナッドの、シャツは青みがかった白。シャツの襟もとは鉄壁の守りで、デコルテは一ミリさえ見えない。ボタンは艶のない銀色で、周囲には輝く銀糸の刺繍、見事な流線型を描いて裾へと降りていく。家族以外でその銀糸の流れの果てを見る者は、ソフィアの夫となる人だろう。何故かって、ドレスの下にしまい込まれたシャツの裾は、懇ろになった人にしか見せる機会はないでしょう。

 いいよね、純愛。私は、ソフィアが結婚するその日まで、彼女の純潔を守る事をここに誓う!

 ブロムステッド家では代々結婚式にブーナットを身に着ける風習がある。

 ソフィアは今十八歳(ちなみに私は二百十八歳)。

 昔ならば子供の一人や二人はいてもおかしくはない年頃だけど、現代においてはまだまだ結婚なんて早いわと顔を赤らめる乙女でいて構わないし、かわいいソフィアにはそうあってほしかった。

 それなのに、こんなに早い段階で、彼女に結婚話が持ち上がるなんて考えもしなかった。

 しかもそれが愛のない政略結婚だなんて、許すまじ。

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