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悪夢

作者: 狸小屋

酷い夢にうなされて、僕は目覚めた。


汗で衣服は肌に張り付き、口の中はすっかり乾ききってしまっていた。


まだ恐怖から抜け切れていないのか鼓動は高鳴ったままだ。


僕はさっきまで見ていた恐ろしい情景を思い返す。


夢?あれは本当に夢だったのか?あまりにもリアルな光景でいまだに頭に焼き付いている。


それは、僕が殺される夢だった。


その夢は、僕がキッチンで男と口論になったところから始まる。顔を紅潮させて怒りを露にする僕。


口論が続くうちに、徐々に立場は僕のほうに有利になっていく。


そして男は口論の結果、僕にぼろぼろにやり込められてしまい、怒りの頂点に達した男は台所にあった出刃包丁を手に取り、そのまま僕の頚動脈を思いっきり切りつけたのだ。驚きと恐怖の入り混じったこれまでに見たことの無いような表情を浮かべる僕。


その首筋から噴出す血飛沫。僕は条件反射のように素早く手で首筋を押さえたが、そんなことはまるでおかまいなしに、押さえた指の隙間から血はあふれ出していた。


そして僕は膝から崩れ落ち、そのまま頭を床にたたきつけて動かなくなった。


夢はそこで終わる。


細部に至るまでまざまざと思い出すことができ、僕はその光景の生々しさに少し気分が悪くなった。


だが、僕はこのリアルな夢に一つ妙な点があることに気がついた。


夢の中での僕の視点は、なぜか『殺される僕』の視点ではなく、何故か『僕を殺す男』の視点であるということである。その点だけがリアルさに欠けているのだ。


そこまで真剣に考えて、僕はふと笑ってしまった。


何を自分は真剣になっているのだろうか。夢などというものはだいたいそんなものではないのか。夢の世界に論理を持ち込んでも無駄だ。


早く顔でも洗って、嫌な夢など忘れてしまおうと思い布団から抜け出そうとしたとき、僕はぎょっとした。


自分の衣服が真っ赤な血に染まっていたのである。衣服が汗で張り付いていると思っていたのは、まだ乾ききっていない生々しい血糊のためであった。


僕は戦慄するとともに、夢と現実が交差したかのような錯覚に陥り目眩をおぼえた。


これは一体どういうことだ‥‥


頭を押さえてふらつきながら、台所へ向かう。


水を飲めば少しは冷静さが取り戻せるかもしれない。


「ひっ」


僕は思わずへたり込んでしまった。


台所の床全体が、いや、美しい白さが自慢だった壁までもが血で赤く染まっている。


そして、床にたまった血の水溜りの中心には男が倒れていた。だが、うつ伏せに突っ伏した状態で顔は見えない。首筋には刃物で切られた跡があった。


まるで夢の光景そのままだ‥‥


じゃあ、この倒れている男は‥‥


心臓が高鳴る。その男の顔を見てはいけない。頭の奥で何かが警鐘を鳴らし続ける。見たら全てが終わる気がした。


だが僕は心とは反対に、床に溢れている血にまみれながら、這うようにして男の死体に近づいていく。


男とは数メートルしか離れていないのに、その時間は永遠のように感じられた。


そして、とうとう男が倒れている真横まで来た。


僕は唾を飲み込んで覚悟を決めると、男の衣服をつまむようにしてうつ伏せの状態から一気に仰向けの状態にひっくり返した。


「うわああああああ!」


僕は震え上がってそこから一歩も動けなくなった。


男の顔はまぎれもなく、僕と全く同じ顔をしていた。






だが、それは僕ではないことがすぐにわかった。僕は全てを思い出した。


やっぱりあの光景は夢などではなく現実のことだったのだ。


そして、夢の中での視点が『殺される僕の視点』ではなく、『僕を殺す男の視点』だったというのも考えてみれば当然のこと。


なぜなら、殺されたのは僕じゃなかったのだから。


殺したのは僕。殺されたのは弟。


そう、あの光景は昨日言い争いの末に、僕が『僕と顔がそっくりな一卵性双生児の双子の弟』を切り殺したときの記憶だったのだ。


全てを悟って、僕は口をだらしなく開けたまま、頭は真っ白になりそのまま動けなくなってしまった。






それから、どのくらいの間、そのまま弟の死体の横で座り込んでいたのだろうか。


ようやくはっとして、弟の死体もそのままに、僕はふらつきながらベッドに戻ることにした。


現実だと思っている今も、実は夢の中に違いないと確信したからだ。


目が覚めたら死体などはどこにもなくて、弟が明るく「おはよう」といつものように笑いかけてくれるに違いない。


僕は「そうだ、これも夢だ、夢なんだよ」と一人呟きながら布団にもぐりこみ、眠りについた。


窓の外では雀がさえずり、これが現実の朝であることを告げていたが、僕の耳には全く入らなかった。



   (完)


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