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幸せな朝…?

まどろみから覚めて、エルサーナはゆっくりと目を開けた。背中には、素肌がぴたりと合わさった感触。重たい腕が、腹に回されている。

レイドの腕の中で目覚めるのは、これで2度目だ。

けれど、前回と違うのは、すでに窓の外が明るくなっていると言うこと、お互いに何も着ていないこと、王宮ではないこと。

夕べのことを思い出し、恥ずかしくて身じろぎをすると、前に回っていた腕に力がこもって、抱きしめられた。

「レイド様?」

「起きたか」

「はい。…あの、おはようございます」

「ああ。おはよう」

ふーっと深く息を吐き、その唇で、エルサーナの肩に口付ける。

「っ!」

息をつめて肩を震わせると、腹に回っていた手が上がって、胸を掴んだ。そのままやわやわと揉まれて、エルサーナは悲鳴を上げる。

「やめてください! お願い、服を着させてください、お風呂に入らせて!」

それが本気で泣きが入っていて、レイドは苦笑しながらもう一度エルサーナを抱きしめた。

「悪かった、悪ふざけが過ぎたな。もうしない」

そう言って、レイドは全裸のままベッドから出る。そのあまりにも堂々とした様子にあわてて目をそらし、エルサーナは毛布を鼻先まで引き上げた。

昨日はあれからわけがわからなくなるほど抱かれて、途中で結った髪も解かれてぐちゃぐちゃになってしまった。あんまりにも醜態をさらしすぎて、レイドの顔をまともに見られない。

けれど、エルサーナははたと思いついて、あわてて身を起こした。

「レイド様!」

そのときには、レイドは幸いにもズボンを身につけてくれていたけれど、いくつも傷が走る筋肉質な体に、つい微妙に視線をそらしてしまう。

振り返った彼は、いつも後ろに流している髪が額に落ちかかり、それを無造作に手でかき上げるしぐさが壮絶に艶っぽくて、頬が熱くなって仕方がない。

「どうした」

「あ、その、私、昨日はドレスのまま来てしまって…服が、ありません…」

声をかけられて我に返り、弱ったように言うと、レイドは小さく笑った。

「荷物はちゃんと届いている。安心しろ」

「荷物?」

首を傾げて問い返すと、「待ってろ」と、レイドは寝室を出て行ってしまった。

エルサーナは、改めて周りを見回した。

部屋は王宮の私室よりも狭い。調度品はほとんどなく、椅子とテーブルが置かれている。テーブルの上には昨日着ていたドレスが広げられ、椅子の背には無造作にレイドが脱ぎ捨てた制服が引っ掛けられていた。

床は木の板が張られていて、あめ色に磨き上げられている。埃ひとつないそれはむしろ殺風景と言ってよく、生活感がなかった。普段は王城で寝泊りしているのだろうし、それは仕方がないだろうと思う。

ただ、ベッドだけは大きく、頑丈で、いいもののようだった。レイドは人よりも体が大きいため、その分大きなベッドが必要なのだろう。前に王城のレイドの私室で一度だけ使ったベッドと同じぐらいの大きさかもしれない。

そこまで考えて、思わず赤面する。だめだ、今日はどうしてもそこに考えが行き着いてしまう。エルサーナは、幾分温度の上がったため息をついた。

昨夜は部屋の様子を観察する間もなかった。ほとんど使われない屋敷。生活感のない部屋。けれど、部屋の雰囲気やにおい、数少ない調度品にも、レイドの確かにここはレイドのテリトリーだ。

ここに入って、このベッドを使った女性が、ほかにいるのだろうか…?

おかしな方向に行きそうになった思考を断ち切ったのは、レイドが入ってきたからだった。はっとして顔を上げると、その手に大きなかばんを持っている。

「なんだ、変な顔して」

「べっ、別に何でもありません!」

あわててごまかすエルサーナの目の前に、レイドはそのかばんを置いた。

「これは?」

「3日前にライトが俺宛に持ってきた。シルヴィーヌ様からの預かり物だそうだ」

「お母様から?」

なんだろう、とてもとても嫌な予感がする。

恐る恐る開けたその中には、着替え、部屋着、夜着、外出着から替えの下着に化粧品やら何やらが一通りそろっていた。それの意味するところはつまり。

「お前を持ち帰ってもいいという許可だな」

「お母様ったら…!」

羞恥と頭痛で気が遠くなりそうだった。いくら行き遅れの娘を片付けたいからといって、男に持ち帰らせるためにこんなものまで用意するなんて、公爵夫人の行動とは思えない。

くっくっと笑うレイドを、恨めしそうに見上げる。

「ひどいですわ、黙っているだなんて!」

「忘れていたんだ。そう怒るな」

「それもわざとでしょう!?」

「さぁな」

笑いながら、レイドはベッドの端に腰掛けた。毛布で体を隠しているエルサーナの、むき出しの肩を抱いて引き寄せて、耳から首筋、肩のラインにキスを滑らせる。

「やっ…!」

途端にすくんだエルサーナの背中をなでおろす。んっ、と息を呑んで切なげに反る白い背中は、美しくてなまめかしい。襲い掛かりそうになるのを、寸でのところで押しとどめる。

「風呂の用意をしてきた。部屋を出て右の突き当たりの左のドアだ。…いつまでも裸でいるなら襲うぞ」

「すっ、好きで裸でいるわけではありません!」

耳に送り込まれた艶のある低音に真っ赤になって、エルサーナは毛布を引きかぶり、レイドに背を向けてごそごそとかばんをあさる。けれど、必要なものを取り出したところでまた動きを止めた。


風呂場まで、何を着ていけばいいの?


風呂に入る前に新しい下着を着けたくはない。昨日身につけていた下着をつけるのも嫌だし、何よりそれはレイドに汚されてしまっている。かといって、裸のまま上に部屋着だけ着ていくのも、なんとなく戸惑われる。シーツを体に巻きつけていくなんて論外だ。

ところが、逡巡しているうちに、レイドはエルサーナを毛布でくるんでさっさと抱き上げてしまった。

「きゃぁっ! レイド様、いきなり何するんですか!」

「まったく、今更恥ずかしがってどうする。このままではいつまでたっても風呂場にたどり着かないぞ」

「やっ、下ろしてください、自分で!」

「待ってられるか。いいからさっさと入って来い」

エルサーナを軽々と腕に抱いたまま、大股で廊下を歩いていくレイドの肩を、エルサーナは恨みがましく拳で叩く。

「そんなこと言ったって! レイド様みたいに裸のままうろうろするなんて、私には無理ですもの!」

「まったく、わがままで恥ずかしがりやのかわいいお姫様だな、お前は」

そう言ってまたエルサーナを恥ずかしがらせながら、レイドは風呂場のドアを開けて、エルサーナを脱衣所の床に下ろす。

…その目を、わずかに鋭くして。

「俺の手を借りさえしなければ、襲われずにすんだものを」

「えっ、襲うって、きゃぁっ!?」

いきなり、体を覆っていた毛布を剥ぎ取られた。脱衣所の壁に押さえつけられ、不埒な指が肌を這い、エルサーナはうろたえて悲鳴を上げる。

「何をなさるの!? 私、レイド様に連れて行って欲しいなんて頼んでいないのに! やっ、いやっ、そんなところ、触ってはだめ!」

「シルヴィーヌ様のお墨付きだからな。せっかくだし、好きなだけ楽しませてもらおうか?」

にやりと笑ったレイドに、そのままなし崩しに風呂場にまで連れ込まれて、エルサーナはまた朝っぱらから啼かされる羽目になったのだった。

レイド様…「よし!」になったからって、それはどうかと…。

エルも大変ですな。

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