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夜会への序章

それから夜会の日まで、エルサーナはウォーロック邸に押し込められ、毎日をダンス、髪や体の手入れ、当日の髪型や装飾品、最近の話題を勉強する時間に費やすこととなった。

それらは公爵令嬢として夜会に出席していたときは当たり前のようにしていたことだったが、5年ぶりともなるとなかなかついていけない。その上、その間レイドにも会えないのだ。

一応レイドには手紙で事情を伝えてある。一度だけ返事が送られてきて、夜会の次の日の休みをもぎ取るために頑張っていると言うことと、「早く会いたい」との一言が添えられていて、エルサーナを落ち着かない気分にさせた。

そして、ようやく夜会の当日。父と母は先に屋敷を出た。ロベルクロードも続き、ライトは直接会場に向かうと言う。

エルサーナも準備を整えて馬車に乗り込んだ。

真珠色のドレスは、エルサーナの体のラインを際立たせるよう、装飾を控えたすっきりしたシルエットになった。清楚な雰囲気のエルサーナに、豪奢なシャンパンゴールドの刺繍が花を添える。むき出しの肌はしみひとつなく、年齢を感じさせないほどにみずみずしい。

胸元には幾重にも重なった白金のチェーンと、大振りのダイヤのネックレス。

耳元には愛らしく揺れるダイヤのピアスが光っていた。

髪は低い位置に控えめにまとめられ、刺繍と同じ色の花飾りが差し込まれている。

自分でも、ここ最近にないほど華やかで、久々に気合が入った装いだと思う。

それはひとえに、レイドを想うが故のこと。

この姿で人の目にさらされることに対する怖さは、まだぬぐい切れてはいない。でも。


『怖い思いも、嫌な思いもするかもしれない。だが、それでも俺はお前が欲しい』

『覚悟を決めろ。もしそういう目にあっても、俺がそばにいる。忘れるまでいくらでも慰めよう。だから、逃げると言う選択肢だけは許さない』


レイドの言葉を思い出す。

彼がそばにいてくれるなら。傷つくのは怖いけれど、癒してくれると言うのなら。

少しだけ、頑張ってみよう。

膝の上で両手を握り締め、エルサーナはまっすぐ顔を上げた。

程なく、公爵家の大きな建物が見えてくる。まるでエルサーナに覆いかぶさるような錯覚を与える、そびえたつ城。だけれど、この先には、レイドが待ってくれている。そう思うだけで、不思議と逃げ出したい気持ちが消えていく。

馬車が止まり、ドアが開くと、そこには待ち望んだ男の顔があった。

「レイド様!」

「待っていた、エル。…手を」

「はい」

わずかな笑みを口の端に浮かべ、エルサーナを見つめる視線は、穏やかながらも、甘い。2週間ぶりに見る愛しい男の顔に、エルサーナはきゅうっと胸が絞られるような気がした。

差し出された大きな手に、長手袋に包まれた手を重ねると、軽く握りこまれ、そっと引くように促されて馬車を降りた。

「お久しぶりです、レイド様」

「ああ。長かった」

ため息交じりの声に、くすりと笑う。会えただけで、歓喜があふれる。触れた手に、熱が集まってくるような気がする。

レイドは、馬車から降りて姿勢よく立つエルサーナをまじまじと見つめた。

「きれいだな…。驚いた。このまま連れて帰りたいくらいだ」

「そんな…」

率直な言葉に、声をなくして恥らう。

来てよかった。そう思ったのは、何年ぶりだろうか。

すっとレイドが耳元に顔を寄せた。

「会いたかった」

低い美声が、耳を震わせる。エルサーナは、潤んだ瞳でレイドを見上げた。

「私も、です」

小さな声は、ちゃんと届いた。レイドが、目を細めて小さく笑った。

重ねていた手を、肘に導かれる。開け放たれている観音開きの重厚な玄関ドアをくぐると、中ほどの大きな柱にもたれているライトリークを見つけた。彼は、エルサーナの姿を見て、ひゅうっと口笛を吹く。

「今日の格好はいいな。目立たないように地味な色のドレスばっか着てた頃に比べたらよっぽどいい。レイド、今すぐどっか連れ込みたくなってるだろう?」

「それ以前に誰にも見せたくないな。このまま馬車に逆戻りして帰ってしまいたい気分だ」

レイドも、珍しくライトの軽口に苦笑して返す。

「もうっ、ライトったら、そういう下世話なことを言うのはやめて!」

「ほんとのことだろ。これは今夜レイドに持ち帰られても文句言えないぜ」

「レイド様はそんなことしないわ!」

「さあ。俺は保障しかねる」

「レイド様まで…!」

二人のからかいに、エルサーナは頬を染めてうつむいてしまう。二人がそろうと、口では勝てない。

今日は二人とも、騎士団の正装をまとっている。昔見たレイドの礼服もよく似合っていたが、やはり彼らにはこちらのほうがよく似合う。引き締まった体にぴしりと制服を着こなし、背筋を伸ばした立ち姿が本当に素敵だ。

そして、やはり濃紺の制服の隣には、紺よりも真珠色が合う。違和感がないことに、エルサーナは胸をなでおろした。

それにしても、注がれる視線が多い、と思う。やはり、レイドとライト、二人がそろっているせいだろうか?

レイドもライトも、夜会に出ることはほとんどない。レイドは元々が平民出身で、貴族との付き合いは少ない。ライトはそもそも夜会が嫌いだ。それに、二人そろって夜会に呼ばれるような場がない。

だから、騎士団団長と副団長が正装で夜会にそろう、ということ自体が初めてかもしれない。


レイドの持つ眼光と迫力は他を圧する。

ライトの持つ美貌と周囲に発する冷気は他を寄せ付けない。


おかげで目立つことこの上ない。…ただし、エルサーナ自身の、ため息をつきたくなるような美しさもそれに一役買っていると、当の本人は気づいていない。

「俺は先に行ってる。あとでな」

そう言って、ライトが歩いていく後ろを、レイドにエスコートされたエルサーナが続く。滑るように進むエルサーナにあわせて、レイドの歩きはゆっくりだ。

それにしても、2人で歩いていると、こちらに向けられる視線が尋常じゃない。

刺さるようなそれはひさしぶりのもので、やはり足が震える。無意識にレイドの陰に隠れるように移動すると、ホールに入る直前で、不意に彼は足を止めた。

「どうした」

「…いえ、なんでも…」

「まだ気になるのか」

つい言いよどむエルサーナの様子に、レイドはすぐに気づいてしまう。

彼は騎士だ。気配を察するのはたやすい。当然のことながら、注がれる視線に気づかないわけはない。

また、何を言われるか。どんな噂が流れるか。ひそひそとささやく声が聞こえてくるようで、目を閉じて耳を塞いで、しゃがみこんでしまいたくなる。

「何か不都合なことをしているか?」

不意に問われて、レイドを見上げると、幾分厳しい視線に射抜かれた。

「俺たちは誰かに恥じることをしているのか?」

「…いいえ、いいえ! 誰に恥じることもありません!」

「そうだ。独身で、恋人で、不倫をしているわけでもなんでもない。顔を上げろ」

目は厳しいが、声は優しい。それでも躊躇していると、大きな手があごをさらった。

「なんなら、周りにわからせてやろうか、はっきりと」

「いえあのそれはいいですからこんなところでおやめになって!」

顔を寄せるレイドに真っ赤になって、悲鳴に近い声を上げて抵抗すると、あっさりレイドが離れていく。笑みを、口の端に乗せて。

「ひどいですわ、こんなときにからかうなんて!」

「俺たちがどういう関係かはっきりしないから、余計な憶測や好奇を呼ぶ」

非難の声を上げたけれど、返された言葉でエルサーナはぐっと黙り込む。

「秘密は、とかく好奇心を煽る。謎を解きたくなる。想像が膨らむ。暴きたくなる。それをネタにあれこれ話すのが楽しいものだろう、貴族の婦人というのは」

言外に「暇だな」と言う皮肉を込めて、レイドが言う。

「種明かしをしてしまえば、そこで興味は失せるものだ。認めさせてしまえ。そのほうがわずらわしくなくていい」

「それは、そうかもしれませんが…」

なお躊躇するエルサーナに、レイドが身をかがめて視線をあわせた。

「大丈夫だ、お前には下世話な噂をする者たちを黙らせることが出来る」

「そんなこと…!」

「下を向くな。堂々としていろ。お前は、公爵令嬢、エルサーナ・ウォーロックで、王妃陛下の専属侍女だ。何も恥じることがないなら、顔を上げろ。誇りを持て。俺を好きだと言うのなら」

エルサーナは、うつむく。レイドとの恋を恥じるなど、あってはならない、あるはずがない。怖いけれど、自分だって、レイドと堂々と二人で歩きたい。

唇を引き結んで、エルサーナはきっと顔を上げた。レイドの腕にかけた手に、力を込めた。

「はい。私は、あなたへの想いに恥じることはなにもありません。このまま隠れているのももう飽きました。本当は、まだ怖いですけど…。嫌な思いをしたときには、助けてくださいますか?」

「ああ、もちろんだ。この剣に誓って」

レイドの手が剣の柄をつかみ、しゃん、と鳴らすと、エルサーナは花開くように笑った。

2人は、ホールに足を踏み入れる。とたんに注がれる、たくさんの視線。

エルサーナが精一杯の笑顔のまま、自分達を遠巻きにしている視線を一つ一つ確認するようにめぐらせたとたん、注がれていた視線がさぁっと潮が引くように逸れていく。

「それでいい」

「ありがとうございます。でも、今はレイド様がいてくださっているから平気ですけれど、一人になったら自信がありません…」

「大丈夫だろう、『これ』があるなら」

そう言って、レイドは今日は長手袋に包まれた手首の上で光る銀の腕輪に、そっと触れた。

そこで存在を主張する、レイドの想いのかけら。いつでもエルサーナを救ってきた、彼の身代わりだ。

二人は見つめ合い、視線を絡ませる。

大丈夫、今夜は絶対、下を向いたりしない。

「そうですね、ここにあなたがいらっしゃるなら。ちゃんと顔を上げて歩けるように、頑張ります」

「ああ」

そして、二人はそのまま歩き出す。時折、腕にかかる手が震えたり、力が入ったりすると、レイドはなだめるように手を重ねた。そのたびに、エルサーナは幾分固い表情ながらも、確かめるようにレイドを見上げる。

心を許しきっているエルサーナを見るに、このまま部屋に連れ帰りたい衝動を抑えつつ、レイドはその華奢な体を守るように寄り添っていた。

隠されると、逆に好奇心を掻き立てられるものです。

それにしても団長。まだエルに返事もらってないくせに、しれっと恋人とか俺を好きならとか言っちゃってますけど(笑)。

すでに決定事項のようですね…。

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