癒しのシスター
「安らかにお祈り申し上げます」
町外れにあるとある教会、修道服を着た彼女は祈りを込めて棺に囁いた。(家族を失った悲しみに寄り添わなければ…)
一昨日の夜、一人の男性が亡くなった。死因は流行り病が原因と聞いている。彼は父親で残された家族も棺の前で悲しみに暮れている。子供は二人、まだ父親が死んでいることを理解していないのか母親に何故父親が目を覚まさないのかを聞きたそうな顔をしている。
母親は悲しみを押し殺しながら子供達に「お父さんはね、しばらくの間眠ってるんだよ」と事実を伝えるのをためらって嘘をついている、いずれ時間が経ってから本当の事を伝えるのだろう。
「奥様、旦那様を亡くしたことをお悔やみ申し上げます。」
彼女の隣には優しく問いかける男性がおり、この教会の神父を務めている。悲しみに寄り添うよう優しく伝えた後に聖書を開き朗読と説教を行った。
「皆様、これより聖歌斉唱となります。」
天に届くような音色のパイプオルガンの音楽が奏でられる、演奏を行うのはのは修道女の彼女が務める。
美しい音色の音楽を演奏とともに聖歌が歌われ葬儀は一通り終了した。
終わりの際、ある程度の心の区切りをつけることができたようで棺に花を入れて埋葬が終わるころには奥方は顔を上げて新たな生活への切り替えられているように感じる
「神父様、それとシスター様。本日は私の夫を送っていただきありがとうございます」
「私共が少しでもお力になれたとしたら幸いです」
奥方は感謝の言葉を伝えると深々と礼を行い神父とシスターもお辞儀を返した。二人の子供もわからない一緒に頭を下げた後に教会を後にした。葬儀が終わった後少しの時間が過ぎた後、夕方の教会は静寂に包まれた。
「神父様、私たちは寄り添うことが出来ているのでしょうか…」
片づけを始めていた神父に対しシスターは疑問を訪ねた、それに対して彼は語り掛ける
「我々ができることは少しでも遺族の気持ちを読み取り、悲しみを共感して和らげてあげることだ。君はいつも遺族の方に祈り捧げて寄り添っているのは間違いないと私は思うよ」
「はい、神父様のおっしゃる通り私は寄り添うようにご遺族の方にお祈りをしております。しておりますが…」
「何か思うことがあるのなら話してみなさい」
「私は両親がおらず孤児院で育ちました。色々考えていく中、人に優しくなりたいと考えシスターを志ましたが私は家族と呼べる方はおりません。そのような私が家族を失った方へと寄り添うことが出来ているといえるのでしょうか?」
神父は彼女が話したことに耳を傾けつつ、こう諭した
「自分の生まれで決めつけるのはよくない事だ、君が祈りを捧げている事で寄り添っていないと思う人はいないよ」
「申し訳ありません神父様、頭の中では理解はしてはいますがどうしても自信が持てなかった為に疑問を伝えさせていただきました。」
静寂が包まれる教会では音が響く、ゆっくりと歩きながらの足音と会話は教会中にいればすべて聞こえるだろう
「君は間違いなく人々に寄り添い、痛みを共感しようとしている。それは私が保証する」
「お褒めの言葉ありがとうございます。」
励まされて気持ちが楽になり、彼女は頭を下げる。ただ頭を上げた後に少し悲しそうな顔をしながら答える
「ただ最近は葬式が増えておりますよね…」
「ああ…今は流行り病が収まるまでは続くだろう」
「理解はしていますが人が亡くなることは悲しいことです。」
「悲しいと感じるのは君が優しいからだ、我々はこれからも人々に寄り添えるようにしていこう」
その日の会話はここで終わりを告げ、明日も変わらない日々が続く
―――――――――――
人々の死に向き合う日々、様々な死者を弔い続けている中は特殊なケースもある。それは唐突に訪れた。何時ものように神父と修道女が日課の祈りを行っている朝9時頃に教会の扉が開く音がしたので二人は振り返ると
「神父様、私の息子の葬儀をお願いいたします。」
父親と思わしき人物が葬儀依頼に来た。顔は若干やつれているように見える。
「わかりました、お引き受けましょう」
状況を察した神父は詳しくは聞かずに遺体の搬送について話を切り出し、教会へと搬送するように要請を行った。
正午ごろに遺体を収めた棺が運ばれてきた。弔いのためにも亡骸を見なければならないので棺を開けると異質な光景が広がった
――顔が包帯で巻かれており表情が見えない。
神父とシスターは、顔を見せないように隠す理由は今までの葬儀の経験より大体検討は付いてはいるが、最大限気を払いながら訪ねる。
「恐れながらお聞きします。お亡くなりになられたのはいつ頃でしょうか?」
「昨日の夕方です」
「お悔やみ申し上げます」
父親は神父が聞きづらそうだと察したのか説明を続けた
「昨日の朝、学校に出かけて家を出たのが私が見た息子の最後の姿でした。夜になっても帰ってくるのが遅くて妻と一緒に探しに出かけて町外れの空き地にて発見しました」
「見つけたときの姿は全身が刃物で切られて顔はとても…」
その時の光景を思い出して涙を浮かべながら言葉を詰まらせる。顔は原型をとどめていないほどぐちゃぐちゃだったという
「お父様、ご子息がこのような形でお別れになるのは痛み入ります」
「申し訳ありません神父様、父親である私がしっかりとしなければならないのですがまだ整理ができておらずに」
「息子様の魂に安らぎがあらんことを」
他にも犯人は捕まって逮捕された事、息子さんの事、一通りの話が終わった後は父親は少し落ち着き、葬儀の時間について神父との話し合いになった。
「本日は葬儀は入っておりませんのですぐに行えます。午後からですと何時頃がよろしいでしょうか?」
「家の都合により妻が来れるようになるのは午後2時頃になりますので、3時頃にお願いしたいです。」
「承知いたしました。その時間を目途に私どもは準備させていただきますので2時間後にお待ちしております」
父親はお礼を言い、家の片づけや息子の事でやることがあるので失礼しますと頭を下げて教会を出ていった。
葬儀の前にはまずは清めなければならない為、神父とシスターは入口の前の清掃から始める。掃除をしながら彼女は神父に話しかけた。
「人を弔うことに関しては少しずつ慣れては来たと思っておりましたが、このような事はいつまでたってもなれませんね…。」
「ああ…病気に掛かった子供が先に死ぬことは決して珍しいことではないが殺人事件で亡くなるのはご両親としても受け入れるのはつらいだろう」
「はい…想像を絶する悲しみだと思います」
会話の中、問いかけるわけでもなく彼女から無意識に言葉が出た
「私たちができる事は何かないのでしょうか」
「私たちができる事はただ一つ、亡くなった子に祈りを捧げることと遺族の悲しみに寄り添うことだよ」
彼女に優しく語り掛けてはいたが、彼も無意識な言葉が出る
「私の個人的な願望だがせめて綺麗な体で埋葬させてあげたいが…」
それに対して彼女ははっと気が付いた顔をして返す
「神父様、それに関して私はできるような気がします。」
「いったい何を?」
「神父様が留守にしていた時にある女性からピアノの曲を教わりました。信じられないかもしれませんがパイプオルガンで奏でると遺体が元通りに直すことが出来る魔法の曲です。」
音楽で治す、突拍子すぎることを聞き本当なのか神父は彼女に聞き返す。
「本気なのかね?そんなものがあるのならば頼りたいが」
「今まで黙っていて申し訳ありません。本格的に弾けるようになったものつい最近でして」
彼女は真剣な顔をして神父を見つめる、信念を持った瞳で嘘偽りのない言葉で
「にわかには信じられないが…本気のようだね」
「神父様、ご遺族からの了解がとれるかは不透明ですがが試させていただけませんか?」
「わかった、もうすぐ彼らが来る時間になると思うから話してみよう」
遺体を修復する 本当にそんなことが出来るのかは半信半疑のまま彼は遺族に伝える事にした。
―――――――――――
「…にわかには信じられませんが、それは本当なのですか?」
日差しの強さが日中と比較して和らいできた午後3時、両親が教会へと到着後神父から話を伝えられた時にこう返した。
「それについては彼女から説明があります」
神父の隣にいたシスターは軽くお辞儀をして説明を始めた。
「ご両親様、ご子息を亡くされたことお悔やみ申し上げます。」
哀悼の意を示した後に続く
「半信半疑でいられるとは思われますが私は遺体を治すことが出来ます」
「どのようにされるのでしょうか?」
本来ならあり得ないことが起こせると言われるも父親は半信半疑で疑問をぶつけた。それに対して彼女は呼吸を整えた後に両親へ伝える。
「演奏を行います。これは魔法の一種で魔力を込めた指先から鍵盤で音楽を奏でることにより直せるのです」
「…元々は傷を癒すための演奏ですが」
母親は説明を聞いたうえで少し考え込んでるように見えたがすぐに彼女に返事を返す。
「私と夫は息子にはせめてきれいな形で弔いたいと思っています。出来ると言うのでであればどうかよろしくお願いいたします」
「謹んで承ります。ですが一つだけ注意をさせていただきたいことがありまして」
一通りのやり取りを終えた後彼女はこう伝えた
「遺体を治している時は離れていた方がいいです」
「それは何故でしょうか?」
彼女は演奏を行う際、起こりうる事象を伝える
「遺体を治している最中に死者の声が聞こえる場合があります。この声は生きている人にとっては精神的な負荷が激しいためなるべく聞かない方が…」
「息子の声が聞こえるかもしれないのですか?だったらなおの事近くにいさせてください!」
二人に配慮するつもりであったが逆効果であったことを感じて続ける
「わかりました、ではお二人はお近くに」
ステンドグラスから柔らかな光が差し、少しの静寂に包まれた
~年端もいかずに亡くなった彼へと鎮魂の祈りを込めて~
―――――――――――
静寂の中から静かに音楽が始まった。天にも届かせると揶揄されるパイプオルガンの演奏が最初はゆったりとした伴奏から行われる。
(これが私がご遺族の方にできる唯一の方法です)
ピアノソナタの曲が数分演奏されると、安置されている遺体に優しい光が包まれた。包帯で隠されていない傷はみるみるとふさがり治っていく。さらに10分が過ぎると光が収まり始めた、包帯は自然と緩んでいき顔が見えた。まだあどけない10歳位の少年の顔が確認できた。
「本当に傷を治すことが出来たのですね…。」
母親はにわかに信じられない顔をしながらその光景を目に焼き付けるように見つめ続ける。
(傷を治すのであればこれで十分ですが…)
~鎮魂歌~
人は死ぬことで天国に魂が行くとされる、昇天すれば当然肉体は空になる。だが今回の遺体を見たときに違和感を感じて両親へ質問をした。
「ご父母様様、私は先ほど死者の声を聞こえると精神に負担を強いる為避けるようにお伝えしました。遺体を治すのであれば先ほどの演奏で十分でした」
「私はシスターとしての仕事にて、多くの遺体を見ることが多いのですがこの子は少し違うように感じます」
「それはどういうことですか?」
「この子は非常に強い心残りがあって亡くなったのでしょう、魂が完全に昇天しておりません」
「もしかしたら…。この子の声を聴くことができるかもしれません」
「本当ですか!」
「ええ、お二人であれば話せると思われますのでその時に声をかけてあげて下さい」
話を終わらせると新しい曲を奏で始めた。こちらの曲は深い悲しみと深い慈しみを交互に表現する曲となる
聞き続けると心の中が洗浄され虚無感を感じつつも温かさを感じる、数分程経った頃にある変化が起きた
(・・・さん)
か細くて今にも聞こえなくなりそうだがかすかに聞こえる、シスターは目を閉じて耳に神経を集中していたので小さな声であったが見逃さなかった。
(聞こえた…間違いない!)
細い糸を手繰り寄せるような感覚で演奏をさらに続けると少しずつ声が聞こえるようになってきた。
(お・・さん、どこにいるの?)
「今の声は…まさか」
祈りを捧げていた両親は絶対に間違えることのない、自分の息子の声が耳に流れ込むのを感じると後顔を上げた。
(・と・・さん、お・・さん、どこにいるの?)
(おと・・さん、お・あさん、僕はどうなっちゃったの)
「ご両親様、わずかな時間ですがお話ができると思います。どうか名前を呼び掛けてください」
彼女は演奏の途中で特定の小節を繰り返すリピート演奏に切り替えた、魂をつなぎとめるため
父は息子へと呼びかけた。とても強い声で教会中に響くように
「おとうさん…なの?」
はっきりとした声が聞こえた後にまばゆい光があふれた、光が教会の中心へと集まり遺体の上に留まると徐々に形が変わっていく・・・
父親は改めて名前を強く読んだ、間違いないのかと強く
再度呼び掛けている間に人の形へと変化した、半透明となった間違えることのない自分の息子の姿に半信半疑でつぶやきながら
「おとうさん、おかあさん、僕はどうしてこんな姿に?」
「それは…」
もう二度と話すことのできないはずの息子と話ができる。ただ自分がどうなっているか理解できておらず現実を伝えるのに戸惑って言葉が詰まる母親、名前を強く読んだが話を切り出すのに躊躇う父親
「ごめんなさい、君に残酷な事を伝えなければならないの」
誰かが伝えなければならない、魂が具現化している時間は僅かしかないのでシスターが代わりに伝える覚悟を決めた
「教えてお姉ちゃん、僕はどうなったの?」
「君は昨日亡くなったの、今はお父さんとお母さんが君を弔っているの」
「シスター様、それを伝えるのは…」
「死者の声を聞ける時間はほんの僅かしかありません。本来亡くなると魂は昇天しますが何か強い心残りがあるのでしょう」
特定の章をリピートして時間を引き延ばしているが、3分程度が限界なのでシスターは両親へ息子への心残りが無いかを聞くように伝えた
「ですので…彼の声に耳を傾けてください」
「…取り乱して申し訳ありませんでした」
両親は息子へと向きを変えて声を聞くようにした。息子から話が出てくる
「僕…渡せてないんだ」
「何を?何を渡せなかったの」
僅かでも聞き洩らさなように集中して耳を傾け息子の望みをかなえたい両親は確認するように返事を返した
「お母さんの、誕生日プレゼント」
「プレゼント…私への?」
「うん、いつも本が好きで読んでいるのを見ていたから栞を買ったんだ」
話しながら懐に手を入れると母親に差し出した
「渡したかったんだけど・・・ごめんねぐちゃぐちゃになっちゃったんだ」
差し出された栞と呼ばれた物はぐちゃぐちゃになっており所々切られた跡が見られた、殺された時に踏まれたりしたのだろう
(それが君の心残りなんだね・・・)
シスターは演奏を少し変えた、傷を治す演奏を人から物へ有効になるようにテンポを落として低音で演奏していく。そうすると彼が持っていた栞が時間を巻き戻すように元通りに戻っていき、買った時の姿になった。
「お姉ちゃん・・・ありがとう。お母さんにこれで渡すことが出来るよ」
彼はシスターにお礼をいい、続けて母親に対して話を続ける
「お母さんにこれを渡したかったんだ」
「本当にありがとう・・・」
名前と一緒に息子への感謝を伝える母親
「奥様、お辛いことですが時間が迫っています」
修道女は引き延ばす時間に限界が近くなったのを感じ、冷静に伝える
「そんな・・・もう話せないのですか!?」
「そんなこと言わないでお母さん、僕はお母さんと最後に話せてよかったよ。もう会えないのは悲しいけど」
「僕はお父さんとお母さんの子でよかったよ、僕はいなくなってもどうか悲しい顔を続けないでいつもの笑顔でいてほしいな」
両親は息子の名前を呼ぶもそれ以上は言えなかった
「もうわかってるんだ、お姉ちゃん。僕はここじゃなくて天国に向かわなければいけないんだよね?」
「うん・・・そうだよ」
引き延ばし続けていた演奏は静かに終わりを迎えた。そして別の演奏が始まる。
~カンタータ147番「主よ人の望みの喜びよ」~
現世にとどまる魂を天国へと向かわせる優しい曲、彼の体が少しずつ天へと昇っていくその中で彼は静かに話した
「お父さんお母さん、僕は幸せだったよ」
「「私達もあなたと過ごした時間はわすれない!忘れるはずはない」」
叫び声の声を上げて両親は答えた、その後強い光が差した
「みんな・・・ありがとう」
彼の声が最後に聞いた後、小さな栞が残っていた。
シスターは天を仰ぎ呟く
「心良き魂が安息に包まれんことを」
―――――――――――
演奏が終わり、教会は静寂に包まれた。残されたのは綺麗に修復された遺体と傍には栞が近くに置いてあった。死者と話す奇跡のような光景にその場にいた全員少しの時間立ち尽くしていた。
ある程度の時間が過ぎ夢からさめたような感覚になった後、本来の手順通りに遺体を棺に納め、墓地へと運ばれて埋葬された。
すべてが終わり教会に戻ってきてから両親は口を開く
「神父様、本日はありがとうございました」
「こちらこそこのような機会に合わせていただきありがとうございます」
神父と両親はお互いに礼を言い合う
「まだ割り切るのは難しいですが私達の中では一区切りはつけられたと思います」
「私共もそのようにおっしゃられるのは恐縮です」
「シスター様も本日はありがとうございます」
「私達は辛い思いをしている人へと寄り添うこと、それが出来たのでしたら幸いです」
静かなたたずまいをしてお辞儀をしながら彼女は答えた
――数時間後
葬儀の片づけが終わり月明かりが教会の中を照らす。彼女は中央に立ちながら祈りを捧げていた(神様、私は彼らの心を癒すことが出来たでしょうか・・・)
静かな祈りを神に捧げながら考える。無論返ってくることはない。
――後日
損傷の激しい遺体が運ばれてきた、彼女の演奏がまた必要な時間が来る。彼女はこれからも曲を奏で続ける
~人々の心に寄り添い続けるために~
最後まで読んでいただきありがとうございました。
途中で両親が息子の名前を呼ばないのはおかしいよね?って思って急遽名前を付けようと考えましたが息子だけ名前がついているのも変なので結局この形に落ち着きました。
名前つけないと動かしにくいのでこの形で書くのはこれっきりかな。




