第18話 王国の暴走
王国の国境沿いに、重装歩兵の列が現れた。
それは侵攻ではない。
少なくとも、表向きは。
「治安維持と、難民保護のための展開だ」
そう発表された布告は、あまりにも乾いていた。
だが、その実態を見れば、誰もが理解する。
――圧力だ。
王国軍は、村々の周囲に陣を敷き、通行を制限した。
物資の流れは滞り、人の移動は監視される。
「グランツに向かう者を、止めています」
エレナの報告に、部屋の空気が張り詰める。
「理由は?」
「“無秩序な流入を防ぐため”と」
「……随分と、都合のいい言い分ですね」
アレンは、地図を見下ろした。
王国軍の配置は巧妙だった。
戦争を起こさず、しかし確実に首を絞める。
「これは、警告です」
リーゼが低く言う。
「グランツがこれ以上影響力を広げるな、という」
「ええ」
アレンは、静かに頷いた。
「そして同時に、“責任をこちらに押し付ける”準備でもある」
もし難民が餓死すれば、
――グランツが見捨てたからだ。
そう語られる未来が、はっきりと見える。
「どうするのですか」
リーゼの問いに、アレンは即答しなかった。
沈黙ののち、ゆっくりと言う。
「……王国は、もう戻れません」
「戦争に、なりますか」
「いいえ」
アレンは、視線を上げる。
「これは“戦争未満”の暴走です。
英雄が剣を抜く前段階」
その夜、国境付近から逃れてきた一団が、グランツの前哨に現れた。
「……通してください」
「王国兵に、戻れと言われた」
「ここしか、行き場がない」
兵士たちが、判断を仰ぐ視線を向ける。
アレンは、唇を噛んだ。
――想定していた。
――だが、準備は足りない。
「……一時的に、受け入れます」
リーゼが目を見開く。
「条件は?」
「“通過”です。滞在は認めない」
それは、綱渡りだった。
人道的だが、制度を壊さない。
だが、長くは持たない。
数日後、王国から公式抗議が届く。
――難民を扇動している。
――内政干渉である。
アレンは、書簡を静かに畳んだ。
「……やはり来ましたね」
リーゼは、拳を握る。
「これは、明確な敵対行為です」
「はい」
アレンは、はっきりと言った。
「ですが、こちらから剣を抜く理由にはならない」
夜。
城壁の上で、マルクが言う。
「王国は、もう止まらねぇ」
「でしょうね」
「英雄が、焦ってる」
アレンは、遠くの篝火を見つめた。
「英雄が焦る時、世界は一番危険になります」
同じ頃、王国。
勇者レオンは、地図を睨みつけていた。
「……グランツが、難民を通している?」
「はい。滞在はさせていませんが」
「関係ない」
レオンの目に、怒りが宿る。
「俺たちの秩序を、壊している」
「……それは」
「次は、もっと強く締め上げる」
その言葉に、誰も異を唱えられなかった。
王国は、選択した。
英雄の誇りを守るために、
“世界の安定”を犠牲にする道を。
アレンは、執務室で一人、書類を前にしていた。
そこに記された文字は、重い。
――王国軍、国境封鎖の可能性。
「……遅れたな」
それは、後悔ではない。
認識だ。
戦後処理官は知っている。
戦争は、剣を抜いた瞬間に始まるのではない。
――剣を抜く“理由”が、共有された時に始まる。
そして今、王国はその理由を作り始めていた。
(第18話 了)
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