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忘れがたい物語  作者: あずみのわさび


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1/1

1.「ほら吹き男爵の冒険」

小学生の頃、いちばん好きだった本です。


あの荒唐無稽さ、そんなことがあったらいいのに、いやそれはどうなの、という話が次々繰り出されます。有名なので知らない人の方が少ないでしょうか。


実在の人物である18世紀のミュンヒハウゼン男爵が周囲に語った冒険談が、ある人物によって勝手に出版されたものです。出版を止めさせようとしていた男爵は、憤慨のあまり亡くなってしまったそうです。


その後、さらに他の人の手で加筆されたりしたようですが、男爵の談話以外から拝借されたものもあるようです。


そのようなことはさておき、狭い世界に住んでいた小学生の私には、どの話も先が見えなくてワクワクしました。教会の尖塔の先に馬がぶら下がっている挿絵は、今でも覚えています。


あんなに雪が降るのかとか、その雪がそんな短時間であっさり溶けてしまうのかとか、そんなこと関係なしに面白かったのです。



そんな中で私が一番好きだった話は、あまりに寒くてセリフが凍る話です。


道端で出会った二人が挨拶を交わします。

セリフは即座に凍って地面に落ちます。

相手の返事も同様です。

二人はお互いに相手の喋った氷を両手で抱えて持ち帰り、

家で薬缶からお湯をかけて溶かして、相手のセリフを聞くのです。

おはよう、くらいしか言ってないのですが、

なんて悠長で、間抜けで、のんびりしていて、平和な世界だろう、と感心しました。



私の生まれ育ったところは、子供の頃はマイナス15℃くらいに冷え込みました。

中学生の頃は自転車通学で、朝の7時から部活動があるので、6時半には家を出ました。

着替えや準備運動を7時までに済ませるためです。

自転車で風をきって走ると、冬は顔が冷たいのでマスクをするのですが、吐く息が蒸気となって、マスクから上に抜けてきます。

すると、その蒸気が冷えたまつ毛に当たって凍るのです。

まつ毛に氷の粒がビッシリ付きます。

その度、ほら吹き男爵の話を思い出し、吐く息だけじゃなくて、喋った言葉も凍れば楽しいのになあ、と思うのでした。



小学生時代は、ほかに古事記とかギリシャ神話のようなものばかり読んでいた気がします。


多分私は、理屈が通じない、荒唐無稽な話が好きなのだろうと思います。



読んでいただき、ありがとうございました。

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