表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/28

メスガキが力でわからせられるなんて、時代錯誤なんだけど?w

 昼休みの中庭は、春の光で満ちていた。

 芝生の匂い、木々のざわめき、デザートか菓子パンの甘い匂い。

 こんな穏やかな陽気で昼寝でもすれば、さぞ気持ちがいいことだろう。


 ――中央さえ、除けば。


 笑い声。怒鳴り声。ざわめき。

 その中心に、腰までの明るい栗髪を揺らす少女がいた。

 150センチほどの小柄な身体が、光と影の間でひらりと踊る。

 春の光よりも鮮やかで、風そのものを自分の味方にしているような存在感。

 ネイビーのブレザーは前を留めず、袖をまくり、白いシャツの裾が風に遊ぶ。

 校則ギリギリのスカートが陽光を弾き、翻るたびに戦場の旗のようだった。


「ねぇ、“女子に優しい=モテる”って、まだ信じてるの? 絶滅危惧種の男子?」


 草薙くさなぎウララ。

 うちの学校の“名物メスガキ”。

 そして――ディベート部出身の、言葉の格闘家。あるいはシリアルキラー。


「なんだとコラ!」

「やだ~、今どき“なんだとコラ”とか言っちゃうんだ。ボキャブラリー、改元を超えられなかった? ねえねえ、昭和? ギリ平成?」


 煽られた男子の顔が、トマトみたいに真っ赤になる。

 傍観者は笑う。

 だが、笑いの温度が上がりすぎた瞬間――男子の手が、ウララの腕を掴んだ。


「おめぇ、いい加減にしろよ!」

「痛いなぁ。……離しなよ」

「だったら謝れよ! 舐めてんじゃねぇぞてめぇ」

「うっわ……何その輩みたいな脅し文句。さすがの草薙ちゃんも引くわぁ……」

 ――やばい。


 俺は反射的に走り出していた。

 彼女を庇うためではない。

 ()()()()|の方を止めるために。

 ――いや、なにやってるんだろうな。ほっとけば良いものを。

 ほっとくなんてできない。そう思ってしまったのだから。

 彼女を守るのは感情だ。暴力を止めるのは義務だ。

 まったく、自分でも偽善なのか|メサイアコンプレックス《救世主願望》をこじらせているのか、反吐が出そうになる。


「おい、落ち着け! そいつは――」

 腕を掴む手に俺の手を重ねた瞬間、ウララが軽く身体をひねった。

 細い腰が沈み、踵が“コッ”と芝生を鳴らす。


 世界が、一瞬、裏返る。

 空気が弾けた。誰も息をすることを忘れた。


 ウララの腰が回転する。男子の重心が浮いた。次の瞬間、その男は地面に背中が叩きつけられた。

 動きが、まったく見えなかった。

 音だけが、空気を裂くように響いた。

 150センチの少女が、70キロの男子を――まるで“軽く捨てる”ように放った。


「……ぐ」


 小さく喘いだ後、男子は呻き声も出せずに固まっている。

 やれやれ、と思う。未だに彼女に()を出す男がいるとは。

 カッとなって手を出す短気さ、そして彼女の恐ろしさを知らなかった無知……

 たしかに、自業自得――だがなんともやりきれない気持ちになる。


「二対一までは経験あるけど、今日は一人だったから余裕あったわ」


 その短いスカートの裾すら乱れない。

 ウララはまるで呼吸でもするように戦っていた。

 少しだけ息を整えて、こちらに笑みを向ける。


「あっ、ごめんごめん。神坂くんだよね? 巻き込んじゃった?」

「……いや、俺も止めようとしたんだけど……逆に止められた気分だ」

「そっか。えらいね、紳士的で。でもね、“ケンカを止めに入る男”って、一番フラグ立つんだよ。面倒事に巻き込まれる系主人公の」


 笑顔で爆弾を落とす。

 その軽さが、逆に怖い。


「草薙ウララ。うわさ通りの……」

「名物メスガキ、でしょ? うん、正解☆」


 彼女はウインクして、指でピースを作る。

 手のひらのサイズが小さくて、ピースがやけに子どもっぽい。

 それなのに、その仕草は獲物を前にした小悪魔みたいだった。


「ねぇ、神坂くん。君って“誰にでも優しい”タイプでしょ?」

「まぁ……そう見えるかもな」

「うん。だから興味あったんだよね~。優しい男って、どこまで煽ったら怒るのかなーって」

 その声は、舌の奥でとける毒のように、甘くて危ない。

 半歩近づき、上目遣いで問いかける。

「たとえばぁ、“優しい”って、“面白くない”の婉曲表現だと思うんだけど――どう?☆」


 刺すような笑顔。

 彼女の瞳の奥が、雷のように光る。

 俺は肩をすくめて答えた。


「……そりゃ人によるな。俺の場合、たぶん“めんどくさい”の略だ」

「なるほど、“優しい=めんどくさい”。あははっ、いいねそれ。草薙ちゃん、アンタのことちょっと気に入った!」

「アンタ、か。知らぬ間にお近づきになれたようでなにより」

「アハハッ、なにそれ~! やっぱりアンタ面白いね~!」


 笑いながら拳を軽く突き出す。

 小さな拳。子どもの悪戯みたいな力加減。

 なのに、ぶつかる直前まで“本気の速さ”をしているのが怖い。


 その仕草に男子たちが息を呑む。

 俺は――少しだけ笑った。


「こっちも、物理的に命の危険を感じるメスガキは初めてだ」

「でしょ? 草薙ちゃん、かわいい上に強いの」

「“上に強い”の使い方が本物なんだよ」

「アンタさ、女の子に投げられても笑ってるタイプ?」

「骨さえ折れなけりゃ、ギリギリ痛いより面白い方が勝つタイプだな」

「ふーん。変な男。……でも、嫌いじゃない」

 ウララは自分を抱きしめるように、反対側の手で左の裾をいじる。


 数秒、沈黙が流れたあと、笑って彼女は手を振る。

 投げ飛ばした男子に「ごめーん! でも女の子に触れられてよかったね☆」と軽く謝って(煽って)から、ひらひらと去っていった。

 風が通り抜けた。彼女の笑いの跡を撫でるように。


 見送る俺の横で、クラスメイトが囁く。

「なぁ……あれ、本当に投げたよな? しかもあの体格の男子を……」

「……たぶんな。しかもあのスカートのまま」

「見えるかと思ったけど、何もわからなかったぞ……」

「上級生のアメフト部も投げたらしいぜ」

「なにそれ、都市伝説?」


 俺は苦笑いしながら、言葉を吐き出した。

「草薙ウララ――武力と煽り、両方のバランスブレイカーか」

 自嘲気味に続ける。

「……まったく、正論は通じず、暴力も使えず、ただ“止めようとした無力な学生A”になるのが俺の役目か」


 沈黙の支配する中庭。

 風だけが、男子生徒のうめき声と共鳴する。

 拍手の代わりに、誰かがノートを閉じる音がした。

 夕方の光が窓から差し込む。

 その先、廊下の向こうに榊ボタンが立っていた。

 彼女は静かにノートを閉じ、俺を見ながら無感情に呟く。

「観察対象は、刺激的な環境が好み、と」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ