問題児オールスターズ
放課後の生徒会室。
夕陽が差し込む窓を背に、机の上には議事録用の紙とコーヒーカップ。
メンバーは――問題児オールスターズ。
会長・九条アスカが椅子に腰を下ろし、手帳を開いた。
「では――“校内展示企画”の内容を決めましょう。何か案のある人?」
「……無難に優秀者インタビューとかでいいんじゃないか?」
俺は挙手もせずに口を開く。
現実的、というより逃げ腰だ。
「つまらないよ」
最初に切り捨てたのは榊ボタンだった。
ペンを回しながら、温度のない声で。
「観察対象についてまとめる展示のほうが有意義だと思う」
「それって俺のことじゃないですよね」
「“観察対象”とは言ってない。“監視対象”」
「もっと悪化してるんだが」
彼女の視線が、まるで光を“測定”するみたいに一瞬こちらをかすめた。
反射した光が冷たい。ほんの一秒で、室温が下がる。
あの子は、息をするように世界を分析してる。人も、空気も。
隣でウララがニヤリと笑った。
「草薙ちゃんのさいきょー♡罵倒集とかどう? “言葉は刃物”ってテーマで展示したらウケるって!」
「それ、文字通り人を傷つける展覧会になるだろ」
「芸術ってのは痛みから生まれるんだよ?」
「お前が言うと説得力が暴力的だな」
ボタンがペン先で机を軽く叩く。
「刃物としての言葉。展示の方向性としては一考の価値がある。浅はかで良い娯楽」
「へぇ? 観察魔ちゃんは本当に良いセンスしてるね」
「そこ、いきなりバチバチするのはやめてください……!」
ウララとボタンの間に漂う火花を、イオリの小さな声がそっと断ち切る。
「あの、えっと……つまらない意見と極端な意見しかないんですね……これじゃあ折衷案も出せません……」
彼女の声は穏やかで、ガラス越しに聞くみたいに柔らかい。
それでも、言葉の端が鋭くて、誰もすぐに反論できなかった。
まるで白いナイフ。笑顔のまま刺してくる。
「でも真実ではあるわね」
アスカが唇の端を上げる。
「こうして見ると、やっぱりあなたたちに頼んで正解だったわ」
俺は苦笑した。
「このカオスが正解……?」
「そう。“混沌”の中にこそ創造は生まれるの」
アスカの声は落ち着いているのに、不思議と有無を言わせない。
言葉一つで、空気が構築されていくようだった。
「じゃあ会長は何かアイデアあるんですか?」
「あるわ。だけど、まだ“名前”がないの」
その瞬間、部屋の空気がわずかに静まった。
窓の外で、放課後のチャイムの余韻が溶けていく。
ウララがブレザーをひらりと翻して、椅子の背に片足をかける。
「“名前がない”とか詩的~、会長。タグつけに困るやつ~」
「草薙さん、言葉は“消費”するものじゃなく“残す”ものよ」
「さすが会長、かっこよすぎてフォロワー減りそう」
そんなやりとりを眺めながら、ふと思いついた。
「名前がないなら、作ればいいじゃないか。たとえば――“ことばのかたち”とか」
一瞬、空気が止まった。
アスカがペン先を止め、ゆっくりと微笑む。
「……いいわね。その言葉、採用」
ボタンが小さく瞬きをした。
「構造的には過不足なし。中身が伴えば、有効」
ウララが呆れたように笑う。
「うわ、マジで採用されんのそれ? バズらない保証書つきじゃん」
イオリがそっと補足するように言う。
「学園行事なんてもともとバズらないと思います……」
その無邪気な正論に、場が少しだけ和らいだ。
「結論出たみたいだな」
俺は小さく笑った。
「“ことばのかたち”展、か。……悪くない」
アスカが手帳を閉じて、静かに立ち上がる。
「じゃあ、次は“各自のことば”を考えてきて。展示は、あなたたち自身の鏡にしてもらうわ」
夕陽がカーテンの隙間から射して、机の上のノートに金色の線を描いた。
ボタンのペンが静かに動く音。
ウララの笑い声。
イオリのページをめくる音。
そして、アスカのローファーが床を軽く叩く音。
その一拍ごとに、空気が整っていく。
まるで音そのものが“指揮”されているみたいだった。
“ことば”という名の戦場を歩いてきた俺達が、今度はその言葉で何を作るのか――
少しだけ、楽しみだった。




