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勝手に占わないでください

 放課後。

 雲が薄く、春と夏の境目みたいな陽射しだった。


「ねぇお兄ちゃん、今日は買い物付き合って!」


 ミユが俺の制服の袖を、両手できゅっと掴んで頼んできた。

 その目は完全に「断る余地など与えない系」。

 ふわりと、放課後特有の甘い匂いが鼻先をかすめる。

 俺は、ため息をつきながら財布を確認した。


「……今月、余裕ないんだが」

「見るだけだから!」

「お前の“見るだけ”って、よくお財布が泣くやつだろ」

「見るだけだもんっ!」


 こつん、と頭突きをかましてくる。

 痛くはないけど、勝負はもうついた。


 結局、駅前のショッピングモールへ。


「春物、まだいけるかなぁ……いや、もう夏っぽいかも……」

 ミユは服のラックを行ったり来たり。

 ワンピースを自分の胸元にあてて、鏡の前で小さく首をかしげている。

 その真剣な横顔は、いつもより少し大人びて見えて、どきりとした。


 ……のは、一瞬。


 俺は十五分で飽きた。

 いや、五分で飽きてた。


「じゃ、ちょっとその辺ぶらついてくる」

「えー、すぐ戻ってきてね!」


 手を振る妹を置いて、俺は街の喧噪に逃げ出した。


 アーケードを歩いていると、露店の片隅に妙な人影があった。


「若人……そこの若人!」


 派手なマント、派手な帽子、派手な水晶玉。

 派手すぎて視界が拒否反応を起こすレベル。


「お主の顔に、波乱万丈の線が見える……!」

「……はぁ」


「むむむ……見える、見えるぞ……!

 お主の人生は大きな転機を迎えておる!

 幾多の試練、そしてその先には――祝福がある!」


「……テンプレ通りっすね」


「いや! 今、確かに“風”が動いたのだ!」

「……風、ですか」

「鑑定料、五千円!」

「はぁ!?!?」


 俺は思わず後ずさった。

「いやいや、勝手にやったんだろ!」

「霊視とはサービスではなく契約なのだ!」

「いや、聞いてねぇし!」


 露店の布を巻き上げて、全力で逃げ出した。


 角を曲がると、今度はガチャポンコーナー。

 “異世界転職占い”という、嫌な予感しかしない文字が目に入る。


「……いや、さっきの続きかよ」


 結局、100円を入れてしまった。

 出てきた紙には、金のインクでこう書かれていた。


《あなたの適職:世界を滅ぼす側》


「ラスボスサイド!?」


 思わず声を上げた瞬間――


「なにやってんの?」


 背後からミユの声。

 手提げ袋を抱えて、あきれた顔をしていた。


「いや、その……ちょっと運命と対話してた」

「お兄ちゃん、ほんとバカだねぇ」

「うるせぇ、こっちは世界滅ぼす側なんだぞ」

「……今日のお兄ちゃん、なんか、変?」

「……かもな」


 たしかに、今日はもう帰って寝よう。

 呆れ顔の妹に頭を小突かれ、トホホと歩き出す。


 買い物袋の中で、ピンクのワンピースが春風に揺れていた。

 季節は、少しずつ変わっていく。


 そのとき、不意に背中を撫でるような風が吹いた。

 振り返ると、アーケードの奥の露店が、まるで最初から存在しなかったみたいに消えていた。


 ……ま、気のせいだろ。

 でも、なぜかその風は、何かを運んでくる予感がした。

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