スタンプは感情を映す
夜。
風呂上がり、髪をタオルで拭きながらスマホを見た。
通知欄に“榊ボタン”の文字。
『質問。明日の課題、提出フォーマット確認』
……うん、安定のテンション。
どうせなら「こんばんは」ぐらいあってもいいと思うんだけどな。
『フォーマットはA4。校内アドレスあるんだから、そっちで連絡しろよ』
送って数秒で既読。
そして返ってきたのは、相変わらずの論文モード。
『不合理。メッセージアプリの方が通信の往復時間が短い。さらにUIが直感的であり、心理的ハードルが低い。校内アドレスは卒業後アクセス不能、ログ消失のリスクあり。よって非効率』
「……長ぇ」
風呂上がりのリラックスタイムを全力で論破してくるタイプ。
『はいはい、合理的な理由了解』
短く返した。
その直後、画面にスタンプが飛んできた。
頬をぷくっと膨らませたキャラが「ぷんっ」。
「……スタンプ? ボタンが?」
なんか、脳が一瞬バグった。
こいつが使うには、あまりにも“人間味”がある。
『意外。スタンプ使うタイプなんだな』
『感情表現の補助ツール。誤読を防ぐためのノイズ制御』
そう返ってきたあと、うさぎが土下座してるスタンプ。
「ノイズ制御っていうか、情報量爆発してるんだが……」
それから、なぜか会話が続いた。
要件の合間に、ボタンが感情の代わりみたいにスタンプを投げてくる。
怒りマーク、照れ笑い、無表情のカエル。
文面はいつも通り冷静なのに、画面の中は、やけに賑やかだった。
……あいつ、今どんな顔でこれ送ってんだろ。
無表情のまま“ぷんっ”押してたら、それはそれで破壊力ある。
『観察対象、明日の天候確認を推奨』
『了解。観察者も外出予定?』
『別に、君を追跡するわけではない。たまたま経路が一致するだけ』
――猫が草むらから覗くスタンプ。
「それ完全に追跡宣言だろ……」
思わず笑って、スマホを置いた。
不思議だ。
テキストでは何も動かないのに、スタンプの中だと、ボタンがちょっと生きて見える。
無機質な観察者が、絵文字一個でここまで“人間”になるなんて、誰が予想しただろう。
SNSの中のほうが、あいつの温度がわかりやすい――
そんな矛盾が、妙に心地よかった。
画面の光が少しだけ温かくて、寝る前の通知音が、やけに柔らかく響いた。




