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メスガキVSオカン

 春の朝。

 坂の上から校門が見える。淡い光が制服のブレザーに滲み、靴音が石畳にリズムを刻んでいた。


 隣を歩くハルカの短い髪が、風にそっと揺れた。

 耳のあたりで光を反射して、まるで水面みたいにきらめく。


「眠そうだな、今日」

「寝坊したんじゃなくてね、朝ごはん作ってたの。……レンたちの分も」

「本当にいつもすまない。完全に家庭的幼馴染コースだな」

「コースって言わないの。……ほら、ネクタイ曲がってる」


 ハルカが立ち止まって、指先で俺のネクタイを整える。

 風が通り抜ける。距離は、十センチもない。


「ほんと、毎朝ズレてるんだから」

「そっちが直すのが早すぎるんだよ」

「つまり、私がいないと形にならないってことね」

「そういう言い方はずるい……じゃあ、それ含めてルーティンってことで」

「……なにそれ。ふふ、でも認めた」


 ハルカの笑い声が、春の坂に溶けていく。

 その時、背後から声が飛んだ。


「ハルカー! おはよー!」

「また神坂くんと一緒? もしかして付き合ってるとか?」


 女子たちが手を振りながらすれ違っていく。

 ハルカは振り返って、いつもの柔らかい笑顔を返した。

 けれど、頬にほんのり赤みが差したのを、俺は見逃さなかった。


「違うってば。ただの幼なじみ」

 そう言いながら、ハルカの視線がほんの一瞬、俺の横顔をかすめた。


 ――春は、隠せない。


 その瞬間、突風みたいな声が割り込んできた。


「おはよーございまーす! レンセンパイ、ハルカセンパイ!」


 坂の下から、栗色のポニーテールが弾ける。

 草薙ウララ。二年。

 小柄な体で朝陽を切り裂くように駆け上がってきた。

 ブレザーは前を留めず、袖をまくった腕が光を跳ね返している。

 スカートが翻るたび、陽光が軌跡をなぞった。

 まるで、風そのものが制服を着て走っているみたいだった。


「今日も仲良しでなにより~。いやぁ、青春っすね!」

「……ウララ、朝からうるさいわよ」


 ハルカがため息をつく。けれど、声の端は笑っていた。

 その表情に、少しだけ焦りの影が差す。


「それと、“レンにアンタって呼ぶ”の、やめなさい。仮にも後輩でしょ?」

「えー? 硬いっすね~ハルカセンパイ。……もしかして嫉妬っすか?」


 息が止まる。

 ハルカの指先が、ぴくりと動いた。


「……嫉妬? そんなわけないでしょ。ただ――」

 一拍。ハルカの視線が、俺の襟元にすべった。

「人を呼ぶ言葉には、距離が出るものよ。あなたがそれを平気で詰めるのは、ちょっと危なっかしい」


「危なっかしいのが青春っすよ? それとも、ハルカセンパイは“安全運転派”?」

「私は“同乗者の命を預かる派”」

「うわー、出た。正論パンチ」


 笑いとともに、春の空気が少し冷えた気がした。

 俺は苦笑して、二人の間に割って入る。


「はいはい、交通安全週間終了ー」

「助かります、レンセンパイ」

「お礼は“アンタ”禁止で」

「ちぇっ、レンセンパイ細か~い」


 ウララは小さく舌を出して先に校門をくぐっていった。

 風がその後を追うように吹く。


 見送るハルカが、ぽつりと呟いた。

「……あの子、危なっかしいけど悪い子じゃないのよね」

「そうだな。素直すぎる」

「素直、ね。……君って、そういう子に弱い気がする」

「なにそれ、予防線?」

「ふふ、保険よ。ま、関係ないけど」


 春風が頬をかすめる。

 ハルカの短い髪が揺れて、その影が一瞬、瞳の奥に落ちた。

 距離はまだ遠いまま。

 でも、確かに何かが揺れていた。


 そして――


 その数メートル後方。

 人混みに紛れて、ひとりの少女が立っていた。

 黒髪ツインテール、無表情、ノート片手。


 榊ボタン。


 その瞳は、まるでレンズ。

 俺たちを見つめながら、静かに呟いた。


「……本日も観察開始」

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