第六話「死霊都市攻略戦」その2
甲斐達を乗せた十数台のジープはまず横浜横須賀道路を北上。だが幹線道路は五年前の東日本陥落時に破壊され、寸断されており、すぐに一般道に降りることを余儀なくされた。その一般道も爆撃で陥没していたり、設置されたバリケードが残ったままになっていたり、瓦礫で塞がれていたりと、東京への道は平坦でも順調でもなかった。
眼前に立ち塞がるのは崩落した首都高速道路の高架。それが道を塞ぎ、左右のビルも砲撃を受けたのか半分以上崩れている。自軍以外の人影は一切ない……いや、はぐれゾンビや骸骨兵、それにレイスがふらふらと動いている。ただその数はわずかで、こちらに近寄ってくるわけでもなかった。
「仕方がない、そちらに回るぞ」
唐丸が地図を片手に部下に指示。先へとつながる、通れる道を進むがそこは住宅街の真ん中で道幅が狭く、隠れる場所にも事欠かない。何十台ものドローンが偵察していても敵を必ず見つけられるとは限らず、ブービートラップとなればなおさらだった。
「俺が敵ならこの辺で罠を仕掛けるが……しかも相手はあのハルベリンだ」
唐丸は強敵を眼前にしているかのような険しい顔をしたままだが、鷹杜は準警戒態勢といった姿勢である。
「道中のことはそこまで気にしなくていい」
「しかし敵の言うことを鵜呑みには」
「梨乃君も道中敵は出てこないと予言している」
一拍置いて「了解です」と頷く唐丸。彼が鷹杜の言うことを、梨乃の予言を信じていないわけではない。だが寡兵で敵地の中心部へと進んでいるこの状況で警戒を怠れるわけがなく、それは自衛官としての第二の本能というべきものだった。
だが結果として、唐丸の警戒は全て空振りに終わり、その心労も全て徒労となった。道中見かけた敵は雑魚ばかりで、その数も数えるほど。戦闘は一回も発生しなかった。もちろん瓦礫をかき分けるようにして進む道は容易なものではなかったが、生命の危険には程遠い――生命懸けの戦いはこれからだった。
時刻は正午、場所は東京駅。駅周辺の高層ビルは、あるものは崩れ、あるものは火災で焼け焦げ、繁茂した蔦に覆われ、まともなものは一つもない。その中で赤煉瓦の丸の内駅舎は損傷も少なく、往時の姿を奇跡的に留めていた。
「あの中か」
「そうだ」
甲斐、マユール、鷹杜、翡翠、カナリア、梨乃、燕が丸の内中央口から内部へと突入した。その中央は三〇メートル近い高さの八角形のドームで――そこに鈴なりに吊り下げられた、何百という繭状の何か。一つ一つの繭は人一人が入るのに充分な大きさで、それらが淡い光を放っている。大きさを度外視すればそれはシャンデリアの一種に思えたかもしれない。だがそうではないことは嫌というほど判っており、そのおぞましさに彼等は戦慄している。
「こいつは、魔力供給のための生贄か」
「あの中にハルベリンがいるのか? 梨乃、どこだ!」
「ここだよ」
梨乃が答えるよりも先に男の声がそう答えた。見ると、ドームの下に一人の男が佇んでいる。フード付きのローブで全身を覆い、外に出ている部分は足先だけ――履いているのはスーツのスラックスと革靴だった。
「お前がハルベリン……それともお望み通り道化師って呼んでやろうか?」
甲斐がまず舌戦を挑み、挑まれたハルベリンは悠然と周囲を見回した。ハルベリンと勇者パーティを中心として十数台のドローンが周回し、滞空し、当然撮影を続けている。
「今、この場面はリアルタイム配信されているのか?」
「いや、終わってからの配信となる」
そう答えるのは鷹杜だ。
「是非リアルタイム配信に切り替えてほしいね。冥王軍もここから西側はほとんど空にしている。問題なく通信できるはずだ」
「……どういうつもりだ」
「そんなの決まっているだろう。ごまかす間もなく君達の敗北を全世界に知らしめて一六億の絶望を集めるためだよ」
フードの奥で、彼が愉悦の笑みを浮かべていることを疑う必要はなかった。
「自分でできないこともないのだが、専門家に任せた方がいいからね」
ハルベリンが周囲を一瞥し、甲斐達もまた周囲を確認し……そこにいるのは何体もの骸骨兵で、それらは全員携帯端末を手にしていて、そのカメラを勇者パーティへと向けていた。それらの端末はおそらく戦闘中にMIAとなった「乙」部隊のハンターのもので、アカウントもそのまま残っていることだろう。
「いいのかよ、そんなことして。俺達が勝ったら逆に勇者への信仰がもっと強くなるんだぜ」
「心配無用だ。君達の敗北はもう決まっている」
甲斐が「は」と鼻で笑った。
「決まっているっていうんならお前の敗北こそだろうが。四天王ハルベリンは死霊都市攻略戦で敗北し、勇者はレベルアップする。それが『トリニティ・ファンタジア』のシナリオだ」
「その通り、私はここで負けることが決まっている中ボスだ。負けた後に他の奴等に『奴は四天王の中で最弱』とか『四天王の面汚し』とか、散々に言われるただの道化だ」
その自嘲に甲斐達は瞠目する。ハルベリンは「だが」と逆接し、
「私はそのシナリオを覆す」
静かに、だが確固として断言した。
「勇者パーティを倒し、冥王軍を勝利に導き、『トリニティ・ファンタジア』のシナリオを破綻させる。それで初めて私はシナリオから自由となる。シナリオに操られる道化師ではなく一個の存在として、自分の意志でこの世界で生きていくことが可能となるのだ」
翡翠達はハルベリンのその決意に圧倒され、思わず後退しそうになっている。甲斐もまたそうだったが、彼は逆に一歩前進した。甲斐は鞘に入れたままの紅蓮剣を眼前で垂直に立て、
「……何のつもりだ?」
困惑を隠してハルベリンが問う。甲斐は自分の頭部を自分の剣で殴って、わずかだが額の上部から出血させていた。
「何しているのよ」
と翡翠が治癒呪術を使ってその傷を塞ぎ、甲斐が「悪いな」と軽く礼を言う。
「ちょっと気合を入れ直していただけだ。ああそうだ、まったくもってお前の言う通りだ――シナリオのままに戦って、シナリオのままに死ぬなんてくそ下らねえ」
その意志の輝きと熱量はまるで鍛造されている鋼のようで、その甲斐の横顔を翡翠が真円にした瞳で見つめている。
「俺は最後まで戦って、生き残る。お涙頂戴の三文シナリオに誰が従うか!」
甲斐が裂帛の気合とともに剣を構え、他の六人もその横に並んで戦闘態勢となる。ハルベリンもまた「面白い」とローブを翻した。
「立場は対極だが願いは同じ。私は自由になるために君達の生命を欲している」
「俺達が生きていくにはお前は邪魔なんだよ」
甲斐が牙を剥く獰猛な笑みを見せ、ハルベリンもフードの奥で似たような顔となっていることだろう。
「――ところで動画配信の準備は整ったのかな?」
「できている。映像だけの配信になるが」
いいだろう、と頷くハルベリン。「冥王や冥王軍はゲームを元にした、人間の信仰から生み出された存在」という事実は彼等にとって不愉快の極みであり、その事実が大衆に広く知られることはハルベリンや冥王軍にとっても避けるべき事態だった(またそのネタばらしは自分達の弱体化につながる可能性がある、という実際的な理由もあった)。
またリアルタイム配信といっても文字通りではなく、実際には五分遅れの配信となっている。勇者パーティの敗北など、何か問題が発生した場合は通信障害を言い訳にごまかす手筈となっていた――たった五分でどこまでごまかせるかはまた別の話として。
「では、始めようか」
ハルベリンが悠然とそう告げ、それがこの戦い、死霊都市攻略戦の号砲となった。
最終回・第六話「死霊都市攻略戦」その3は8月12日12時更新です。