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盗賊とガーゴイル

「リリー、よく見ていなさい」


ジャックが言った。手にはリボルバーが握られていた。


「簡単なことだよ。旦那様が教えてくれた通りにすればいいんだ」


ジャックはそう言って引き金を引いた。人がくたりと斃れた。その人はリリーを虐めて楽しんでいた人だった。それだけだった。


「リリーは旦那様に拾われたんだよ」


ジャックが言った。


「僕も旦那様のお陰て生きていられるんだよ」


ジャックが言った。


「見てごらん、僕の身体も、君の身体も特別製だ。傷つかない。汚れない。ずっと美しいままだ。これでいて本当の感じもするんだから、旦那様は流石だ」


「私もそう思うわ、ジャック」


「だろう?」


「ええ。不具合が起きた試しは一度だってないし。何時だって元気一杯なんだから。重たい鉄の塊だって簡単に動かしてしまえるのよ?」


「そうさ。戦車だって。小さな飛行機だって動かせてしまうんだ…そら、コレを見てごらん」


そう言ってジャックは動かなくなった人に向かって何度か引き金を引いた。


銃声。


「これだけで、もう何も動けなくなってしまうんだ。勿体ないけど、正直さ、かなり優越感が湧いて来るものだよ…恥ずかしながら」


ジャックの気持ちはリリーにも理解できた。


「仕方ないわよ。私達は旦那様に選ばれたんだから。特別なんだから」


特別じゃなかったらリリーは死んでいた。だから特別だ。ジャックも同じだった。


リリーはアフリカの荒野で野垂れ死んでいたか、或いは物珍しい見世物として飼育されていたかもしれない。最悪はアルビノの怪しい薬効を謳う加工品として殺されても素直に眠らせて貰えなかったに違いない。誰にも寄る辺なく、気がつけば空から真っ黒い雨が降って来て、周囲を焼き尽くしていた。村は綺麗サッパリなくなって、自分一人が立っていた。跡地に飛行機が着陸して、そこから降り立った紳士に拾われた。思えばあの人が旦那様だった。


突拍子もなく、脈絡も無く、彼女の人生は変わった。


狩人として、或いは殺し家として物事の嗜み方を覚えさせられた。リリーと名付けられ、その通りに可愛がられた。リリーは直ぐに名前を気に入った。名前は愛情の証になった。リリーは優秀だった。仕事も約束も流儀も、旦那様の好みは全て覚えた。全身を使って覚えた。其事を褒められる度にリリーは天にも昇る心地だった。


リリーが一人でアフリカゾウを狩れるくらいになった頃、お互いを助け合う様にとジャックを紹介された。ジャックの手伝いをリリーが、リリーの足りない部分をジャックが補い合えということらしい。旦那様の言うことに否やは無かった。ただ、リリーは旦那様さえいればよかった。そのことはジャックにも伝わっていたようで、ジャックも同じ気持ちだと理解してからは仲良くできている。


ある日のこと、いつも通りに狩りに行く支度の為に家のガレージに足を踏みいれた瞬間にお屋敷がずしんと沈み込んだ。何事だと思う前に意識が暗転。旦那様の安全だけを脳裏に描いたまま、意識を手放した。間もなく覚醒し、旦那様の無事を確認してから、どうやら見知らぬ森林に囲まれた地にお屋敷ごと全てが移動したことを知った。


「今日のお仕事はこれでおしまいです」


リリーはあの日以来、地球で過ごしてきた時と全く同じ日々を過ごしていた。旦那様の気まぐれにお供できる、喜ばしき日々だ。美しき日々だ。仕事の出来が素晴らしければ、閨に招かれることもある。それは素晴らしいことだった。だが、いまのところリリーよりもジャックの方が多くよばれている。それだけは不満だった。


「リリー、薬莢を忘れるなよ」


リリーはイタリア製のオートマチックを使っている。ジャックはリボルバーだから薬莢が散らばったりしないのだ。いちいち飛び出した薬莢を拾い集めるのも今では立派な嗜みの一つだ。有意義ではないが、楽しさを見いだせることは素晴らしいことだ。リリーは素直に床に転がる空の薬莢を拾い集めた。


リリーもジャックも迷彩柄の戦闘服を着こんでいた。運動着変わりだ。狩衣だ。この格好で仕事をすることも珍しくはない。なにせ動きやすいから。二人はそれぞれ部屋の中を一通り確認してから、腰から下げたホルスターに銃を納めた。部屋には人間の死体が五つ。生きているのがリリーとジャックだけだった。


「少し、昔のことを思い出しました」


リリーが言った。


「初めて会った時の事か?」


ジャックが言った。


「そうです。あの時です。あの時、ジャックが私の目の前で銃を撃ったんです。初めて見ました」


「うん。覚えているよ。そんなことよりも、早い内にここから出よう。旦那様をお待たせしてはいけないよ」


「それもそうですね」


リリーとジャックは軽い足取りで民家を後にした。この民家には三人家族が暮らしていた。つい先日のことだ、五人組の盗賊が押し入って何もかもをダメにしてしまった。根こそぎ奪って汚し尽くしてしまった後だった。何もなかった。誰も居なかった。この家に暮らしていた家族の親戚が司祭だったそうで、旦那様に手紙が届いたそうだ。妹夫婦が音信不通になって一か月になると。噂にも聞こえない。だから、と。旦那様は暇つぶしにリリーとジャックを送り込んだ。ご自分はお車でお待ちになっていた。リリーとジャックは三分で粗方を片付けると家を後にした。


「旦那様、終わりました」


リリーが言った。


「そうか、じゃあ、もういいよ。グレネードを投げ込んじゃえ。あったろう?焼夷のやつが」


旦那様がロールスロイスの車窓を少し下げた隙間からそう命じた。二人の手持ちには無かったので、ジャックがトランクを開いて中身を確認した。確かにあった。


「投げますよー」


「おー」


ジャックから三つ渡されたリリーが投擲の姿勢を取って叫ぶと、車内から気の抜けた声が応じた。旦那様の声だ。今日の運転手は無口なムッシュだったようだ。ハンドルに指をとんとん叩きつけただけで応じていた。さっさと投げろとでも言いたげにリズムを刻んでいた。その通りにしてやろうじゃないか。リリーは振りかぶった。遠心力をつけて、指先を完璧なタイミングで脱力した。放物線を描いてブツが中世の家屋の木窓を押し込めて入った。


炎上。ぼふん。轟轟。燃えた。よく燃えた。


「これで帰れるな」


ジャックが鼻を鳴らした。


リリーは急ぎ足で車の後部座席に滑り込んでいた。横目で視ていたジャックは大人しく助手席に乗り込んだ。旦那様が何を言うまでも無く、髭の濃いムッシュが操る車が動き出した。四人が乗った車はゆっくりと速度を上げながら燃えて、崩れ落ちる家屋を置き去りにした。誰も振り返らなかった。




「報酬は誰から貰うんですか?」


車内でリリーが誰にともなく尋ねた。


「誰でもいい。無くてもいい…そんなことより、何発使ったんだい?」


旦那様は興味なさげに依頼主の姿を脳裏に描くと、そんなことよりもとリリーとジャックに尋ねた。使用弾薬数のことだ。言うまでもない有限の資源のことだ。地球産の、今では使い切りの資源のことだ。


「私は弾倉を一つ撃ち切ったので十三発です」


「僕は三発です。シリンダーにはまだ半分残っています」


リリーとジャックがそれぞれ申告した。


「ふう~ん。そっか…ジャック、窓開けて」

「はい」

「撃ち切りなさい」

「はい」


分厚い防弾ガラスを嵌め込んでいるので車窓が下がるのには時間がかかった。ぶ~んとモーター音が聞こえて、窓がゆっくりと下がった。十分な隙間が生まれると、ジャックは腰から銃を引き抜いて、銃口を窓の隙間から外に突き出して引き金を引いた。躊躇なく。間髪入れずに。


銃声。銃声。銃声。


「よろしい」


ジャックが腰のホルスターに銃を戻した。モーター音がまた響いて窓を上げた。ぴったりと閉まり切ってから、旦那様は満足げに言った。


「弾薬は有限のものだ。けれど、だからこそ、スリリングに使わないとね。ヒリヒリ感が足りないよ。余らせておくなんて…」


諭すような口調なのが不思議だった。ジャックは頭を下げた。反省したようだ。


「次からはどこへなりとも撃ち尽くしておきます」


「そうするといい」


ジャックが座り直してから頭を下げると、旦那様は簡潔にそう言った。


車中でリリーはじっと旦那様のことを見つめていた。彼の横顔は美しく、精悍で、リリーにとってこの上なく魅力的に映った。何を話していても、どんなことをしている時でも、だ。


車はしばらく進んだ。目的地はそこそこ大きい街の聖堂だ。車体重量に耐えるように考慮された設計をしていない中世ファンタジーの石畳を、防弾仕様の四輪駆動車が乱暴に轍を残して走り抜けた。街道に沿って進み続けていると、ふと翳った。車の天井をガリガリとひっかくモノがいた。ガーゴイルか烏か。不愉快な音は中々止まなかった。フロントガラス越しに、遠くに街の影が見えた。夕暮れの光を浴びて不気味に凹凸が浮かび上がっていた。外周を守る鐘楼と石積みの城壁はそれほど高くなかった。ガリガリと音がうるさかった。


「ガーゴイルだろう…銃を出せ。私が撃つ」


旦那様の言葉にリリーが後部座席の収納からライフルを取り出した。弾薬と一緒に旦那様に両手で手渡した。騒音そのものによりも、旦那様は車の天板に爪痕が付くことに苛立っている様子だった。手際よく弾丸を込めると悠然と車外へと出て行き発砲。


銃声。悲鳴。やっぱりガーゴイルだった。この時間帯にはよく飛んでいるのだ。人間の子供の生首をボール代わりにして遊ぶような連中だ。臭いが不愉快だと旦那様は言っていたことをリリーは記憶していた。ジャックもムッシュも当然記憶している。


銃声。銃声。


鎖栓式のライフルのため、一発一発の銃声が重く響いた。炸薬を増やして殺傷力を上げている特注品である。人間には扱えないような小さな砲のようなそれを、旦那様は平然と扱うのだ。


銃声。悲鳴。騒々しい羽ばたき。弱弱しい息遣い。


断末魔。終わったようだ。


車窓から覗くと、車から二十メートルほど離れた場所に全長五メートルほどの猿と蝙蝠のあいの子のような醜い生き物が無惨な残骸を晒していた。やはりガーゴイルであった。


「終わったぞ。今日は町の宿に泊まろう。もう夜になる。車はムッシュが預かれ。ジャックとリリーは宿の用意をしろ。俺は報酬を受け取ってくるよ。大聖堂の前まで頼む」


車に乗り込んだ旦那様は銃をリリーに預けると、自身は腰を深く座席に沈めて深呼吸してから、矢継ぎ早に指示を出した。あとは身じろぎ一つせずに目を瞑った。そこからは家人の仕事である。ムッシュは黙って頷きアクセルを踏みこんだ。


石畳がめきめき音を立てた。罅割れようが知ったことか。防弾仕様車の車体重量は優に八トンを超えるものだ。これより軽い車を一家は所有していなかった。これが一番軽い車なのだ。石畳を砕きながら中世の街中を突き進む。住人は恐れて家屋の中に逃げ込むか、好奇心から首を突き出すかのどちらかだ。誰も阻む者は居ない。以前来た時は阻むものもいたが。


街の目抜き通りを突き進み、一際背の高い建築物の前で停車する。目的地の大聖堂の前に到着したのだ。神聖な場所だというので、旦那様も礼を払う。帽子を胸に抱いて優雅に一礼。以上。リリーとジャックも優雅に一礼。以上。各自はそれぞれの仕事に戻った。旦那様は大聖堂の階段をゆったりと上がっていった。





「おぉ、神の杖の御使いにお会いできて光栄だ」


大聖堂に入るや私は歓迎を受けたが、私の用事は歓迎会への参加ではなかった。


「報酬を支払ってくれるという事でいいか?」


私の直截的な言葉に気を悪くする様子も見せず、この大聖堂に仕えて長い司祭殿は深々と頷いた。


「貴殿はお噂通りの御方らしい…御心配召されるな、して、報酬は如何程をのぞまれるのか?」


ゆったりとしたローブは純白をしていて、いかにも穢れを知らない印象を受けるものだ。金糸銀糸をふんだんに使っているし、富貴なのだろう、この教会は。この前会った司祭殿とはまるで違った。私は少し考えてから口を開いた、


「何でもいいぞ。土地でもいいし。金でもいいし。ただし、神意に適った正当な報酬を貰おう」


「それはそれは…具体的にはどれほどの?」


身形のよい司祭殿は探るように私の顔を視た。私も司祭殿を見た。なんてことはないのだ。ただ、見合っただけだ。それから事実だけを伝えた。


「三人家族を蹂躙した五人の盗賊を狩り、ついでに街への道中にガーゴイルを一匹仕留めた…どうだろう?幾らになる?」


「ふむ…盗賊の件は了解した。妹夫婦には気の毒だが、敵討ちが済んでいるのならば…私に出来ることは彼女らの死後の安寧を祈ることだけだ。ガーゴイルの件は市長に掛け合おう明日でも構わないか?」


「ガーゴイルの件はいいや。この場で、盗賊五人分で結構だ」


「それなら話が早い。ほら、私の差し出せるものは命以外はこれが全てだよ」


司祭殿はそう言って、私に麻袋を差し出した。中身を見れば銀の燭台、金の装飾がされた女性用の手鏡、それから金貨数枚が入った革の小袋が入っていた。私は革の小袋だけを受け取ることにした。


「銀の燭台も、金の手鏡も、悼むために必要なものだろう。気持ちだけ受け取っておくよ…金に困ってる訳じゃないからね」


金貨五枚…五十万テール…。盗賊五人の命にしては高すぎる。だが、躊躇なく差し出したその心意気と覚悟にこそ価値があるのだ。これは受け取っておこう。私は満足を感じた。


私の思考を他所に、司祭殿は口元に穏やかな微笑を浮かべていた。


「噂はやはり正しかった…貴方はただの傭兵でも、他の使徒と同じでもない…貴方が妹夫婦の敵を討ってくれたことに改めて感謝を」


私は神妙に頷いてその場を後にした。司祭殿は跪き、ただ静かに私の背中に向かって祈りを捧げていた。私は出来るだけゆっくり歩いて、彼の祈りが何処へなりとも届くように願っていた。






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