当主3人の話し合い
一夜明け、灯吾は遥から燈火について聞いた。
「燈火殿の所在ですが、ここから約300km離れた山中の山小屋までは観えました。
ですが、そこから先は…些細は分かりません。
何か、術具のような物を持っているのかもしれません。
私の感覚を阻害されたようにも感じました」
「そう…ですか」
灯吾は項垂れたように頷き、黙ってしまう。
「分からぬままではどうしようもありません。
望月と不城に探索を依頼します」
「宜しくお願いします」
そう言って、灯吾はそのまま淵之宮の屋敷を出て須王の屋敷に帰って行った。
まだ回復していない慎一郎と楽羅は淵之宮に居たが、灯吾も慎一郎達も、互いに同じ場所に居るのを知らぬまま、顔を合わせる事は無かった。
……………………………………………………
1月20日、慎一郎が座れるようになった頃、淵之宮の屋敷に蒼真隆景と望月の当主、呉羽がやって来た。
呉羽は四十手前の痩せ型の男。
髪は短髪で、服装には興味も拘りも無く、今もジャージにダウンの上着を羽織っているだけ。
遥、隆景、呉羽の3人の当主が顔を合わせて話しを進める。
「隆景殿、仕事が多忙でしょうに御足労頂き、有り難う御座います」
遥の挨拶に、隆景は笑う。
「気にするな。
仕事をサボる良い口実ができた、というだけだ」
隆景はそう言っているが、遥と呉羽の2人は苦笑している。
隆景という男が仕事をサボるなど、有り得ない…と知っているからだ。
常に即断即決を第一に考え、如何なる仕事も即時行動し、間を空ける事をできる限り避ける。
それが隆景の仕事のやり方なのだ。
そうする理由は単純にして明確。
隆景が決断を先延ばしにすれば、あるいは明確な答えを出さなければ、困るのは海自の現場の者達だからだ。
隆景の元に回ってくる仕事は、海自の頭を張っている者達ですら判断を迷うものであり、あるいは隆景の裁量を乞う事で、政府の連中も横槍を入れて来なくなる…という類の問題がほとんどである。
隆景は豪快な性格を見せてはいるが、その実は仲間や部下の者達を放っておけない…面倒見の良い人格者。
今、隆景が仕事を中断してまで淵之宮の屋敷に居るのも、遥の事を気に掛けているからだ。
それを、遥も呉羽も知っている。
「それで…葛籠は黒なんだろ?どうするつもりだ?」
隆景の問いに、遥はゆっくりと答える。
「今すぐには、動きません。
差し当たって、燈火殿の探索のみ…ですね」
呉羽もそれに同意する。
「そうだな、咎める理由も証拠も今はまだ無い。
その証拠を探る為にこちらが動いても、逆に葛籠に体の良い口実を作らせるだけだろう」
「…今潰すのが最良なんだろうがな。
確かに先に動いた方が九重の約定を破った事になる。
俺達が動けば、葛籠に大義名分を持たせるだけ…だな」
「今からちょうど二月目に、厄災が起こります。
葛籠が動くなら、それに乗じるのは確実でしょう。
ですので…3月19日に、皆に淵之宮に集って頂き、厄災と葛籠の二つを同時に叩きます」
「ふむ、遥がそう言うのならば望月に異論は無い」
「分かった…向こうが動かない事には始まらんな」
隆景と呉羽が遥の言葉に同意した。
「そうだ…」
呉羽が立ち上がりながら遥に尋ねた。
「慎一郎はまだこの屋敷に居るのか?
正月に来なかったから姉貴に連絡してみたら、ここに居るだろう、と言われてな」
「はい、居りますよ。
今は魂の修行の反動で、まだ上手く動けないので療養しておりますが」
2人の会話に、隆景が興味を示した。
「誰の話だ?」
「俺の甥っ子ですよ」
呉羽の答えに、隆景も立ち上がり、
「ほう…将文と鬼姫の一人息子か。
ここに来たついでた、俺も顔を見ておくとしよう。
遥のその顔と口ぶりから見て、面白そうな奴なんだろ?」
隆景に聞かれて、遥は嬉しそうに破顔する。
「それはもう…私が請け負います」
「ははあ…葛籠などの話より、そういう面白そうな奴の方がよほど良い。
それだけでもここに来た甲斐がある」
そして、呉羽と隆景の2人は慎一郎が療養している部屋の障子の前に立った。
「慎一郎、ここに居るのか?
呉羽だ…正月に顔を見なかったから、顔を見に来た」
その声に慎一郎はすぐに反応した。
「叔父さん!?中に入ってくれ!」
慎一郎が声を上げると、呉羽と隆景が部屋の中に入って来た。
慎一郎は布団の上に座ったままだったが、どうにか動こうとして、すぐに楽羅が介添えする。
「いや、動くな」
呉羽に手で制されて、慎一郎は大人しく動くのを止めた。
そして、呉羽は隆景を紹介した。
「こちらは、蒼真の当主、隆景殿だ」
「お初に御目に掛かります、逆神慎一郎です」
「ああ、初めて顔を合わせるな。
蒼真隆景だ、以後良しなに願おう」
慎一郎の挨拶に隆景が答えた後に、楽羅も名乗り頭を下げた。
「申し遅れました、天切楽羅です」
「ほう、信彦殿の御息女か。
はじめまして、望月の当主、呉羽という。
慎一郎が世話になっているようで、痛み入る」
「信彦の娘か、遥にも似ておるな。
隆景だ、良しなに願う」
楽羅とも互いに挨拶を交わし、呉羽が慎一郎の側に座って小さな紙袋を渡した。
「お年玉だ」
「あ、ああ…ありがとう…何か照れるけど…」
楽羅が隣に居るのに、叔父からお年玉を貰うというのが、慎一郎にとってかなり恥ずかしかった。
その顔を見て、呉羽はニヤリと笑い、慎一郎の頭をガシガシと撫でた。
「なんだ?照れてるのか?
お前も女を作る齢になったんだなぁ…叔父さんは嬉しいぞ」
「…わざとやってるだろ…」
慎一郎は呉羽の手を頭からどかしながら、嫌そうな顔で言う。
その慎一郎の手を見て、隆景が側に来てしゃがんだ。
「魂の修行をしたそうだな…」
「はい、遥殿に手ほどきを受けました」
「その身体……相当無理をしたな?」
「…そのようです…このような格好で面目ありません」
慎一郎の言葉に、隆景は声を上げて笑い出した。
「くっははははははははは…!
そのようです、だと?
てめぇの事なのに、まるで他人事みたいな言い草だな!
面目ありません、か…
何言ってやがる、そんなになるまでやり通したんだろうが!
誇れ!
そのボロ雑巾のような身体は、お前が己の意志を貫き通した証だろうが!
誰に恥じる事がある!」
隆景の豪快な笑いと大声に、慎一郎は最初驚き、そして笑顔になった。
その慎一郎の顔を見て、楽羅と呉羽はほとんど同時に隆景に礼を言った。
「有り難う御座います…隆景殿。
慎に声を掛けて頂き、心から御礼申し上げます」
「恩に着ます、隆景殿。
慎一郎の心をすくい上げて貰いました。
やはり貴方は大将の器です」




