淵之宮の役目
1月10日、灯吾は淵之宮の屋敷へ向かっていた。
山を登るその足どりは重い。
蒼真と葛籠を訪ね、裏切りの可能性として浮かび上がったのが…自分が最も慕う人物。
元々、依鈴から蒼真と葛籠の二つの家まで絞られたという事を聞いた時に、葛籠かもしれないと予測はしていた。
蒼真は豪快で大雑把な人間に見えるが、その本質は本人の言う通り、困っている海自を放っておけない真面目な仕事師の性格だ。
仕事を増やしたくないと思っているのに、わざわざ自分で仕事を増やす事はしないだろう。
しかし、葛籠は元は淵之宮から分かれた家。
裏切りは無いのでは?
そういう思いもあった。
だが、行方不明の人間が居る…というのであれば話は別だ。
葛籠の意思ではなく、燈火自身の意思ならば分からない。
中学を卒業してからは、燈火とは会っていない。
もっと、自分に自信を付けてから会いたい…
そう思っていた。
臆病癖を克服してから…そういう思いもあった。
十年経って、自分は随分変わったとは思える。
しかし、燈火にとっての十年は別だったのか…
何が燈火を変えたのか…
もしくは、変わらなかったから姿を消したのか…
淵之宮の屋敷の玄関を開け、中に入る。
「須王灯吾です」
声を上げると、すぐに家人が来て依鈴の部屋へと案内された。
「あくまで俺の見立てたが、蒼真の裏切りは無い。
隆景殿は真面目な仕事師だ…唯でさえ忙しいのに裏切りなどはしないだろう」
「そうですか…では…」
「ああ…あるとすれば、葛籠。
紫雨殿と話したが、正直なところ判断できなかった…」
「判断できなかった?」
「…燈火殿が…半年前から行方不明だそうだ。
その事で狼狽し、紫雨殿の真偽は最後まで判断できなかった」
「…行方不明?
淵之宮では何も聞いておりません。
何故今まで伏せていたのか…」
「いや、紫雨殿は葛籠の恥になると言われたが…
それに、修練として山に籠もっているだけという可能性も否定できない。
九重の一族というのを考慮するなら、半年というのはそれほどの問題ではない…とも考えられる。
現に、軌創の当代は数年間外部との接触を一切絶っていた」
「確かに修練という可能性はあるでしょうが…
そうですね…半年前ならば、それほどなりふり構わずに捜し回るというには、踏み切れないのでしょう」
「…まだ燈火殿が裏切りをすると決まった訳では無い」
顔を伏せ、苦しい声で絞り出すように言う灯吾の姿を見て、依鈴は痛ましげな顔になる。
灯吾に寄り添い、その背中を擦る。
「申し訳ありません。
灯吾様にとって、辛い役目となってしまいました。
燈火殿は、それほどの御方だったのですね」
「…ああ…師であり、恩人であり、兄のような人だ。
俺にとっては、たった一人…そういう存在だ」
少しの時間を置いて、灯吾と依鈴は遥の元に向かい、最奥の建物で遥に報告した。
「……以上が、灯吾様よりの報せとなります」
依鈴の言葉が終わると、遥は一度だけ深く頷き、
「分かりました。
御足労頂き、有り難う御座います」
「遥殿、願いがあります。
燈火殿の所在を【観て】頂ければ…頼みます!」
淵之宮の当主は、深淵の淵に触れ、それを覗く事で様々の事象を観る事ができる。
特定の人間の行動、今後起こり得るある程度の未来、その事象を観る事ができるからこそ、淵之宮の力と影響力は絶大なのだ。
淵之宮の山の敷地内には、文明、文化の流入が皆無と言っていい。
スマホはおろか、固定電話すら無い。
車すら山の下からは入って来ない。
テレビやパソコンなどは論外である。
全ては深淵の淵に触れる事を、阻害されない為。
そして、淵之宮の結界を十全に機能させる為。
だが、淵之宮の当主にも観えない事もある。
観える事象には限界が有り、詳細までは観えない事も有るのだ。
たからこそ、灯吾は役目を請け負った。
灯吾の願いに、遥は頷く。
「分かりました、今宵観てみます。
もう夕刻です…灯吾殿は休みなさい。
朝には結果を言えるでしょう」
「ありがとうございます」
灯吾は深く頭を下げ、依鈴と共に下がった。




