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エスパーワールド  作者: 碧鬼


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92/113

信じております

一夜明け、慎一郎と楽羅は再び遥の前に正座した。


「昨夜は良く眠れたようですね」


遥はクスクスと笑いながら2人を見る。

それに対し、楽羅はすました顔で答える。


「昨日は、夕食の前に軽い運動をしたので夜はぐっすりと眠れました」


「羨ましいですね…

十代ですし、体力もすぐに回復したでしょう。

存分に励みなさい」


「そのつもりです」


笑いながら言う遥と、対象的にすました顔で言う楽羅の言葉を横で聞く慎一郎は、眉を寄せ口を歪めている。


(何だこれ…居た堪れないなんてもんじゃないぞ。

逃げていいなら、全力で逃げてるんだが…)


「失礼ながら、魂の修行というものがどういう内容なのか、伺いたいのですが…」


耐えられなくなった慎一郎が、遥に問うた。

遥は笑うのを止め、慎一郎に向き直って、


「そうですね、説明致しましょう」


そう言って、遥は慎一郎と楽羅に簡単な指示をする。

先ず、この板敷きの部屋に布団を持ってこさせ、慎一郎を寝かせて上からも綿の掛け布団を掛けた。

その頭の上には遥が座る。


「風邪など患わう事のないよう…これで良いですか?」


「はい、大丈夫です」


「宜しい…魂の修行ですが…

大まかに言うならば、慎一郎殿には眠って貰います。

その上で、夢の中で鍛錬する…と言えば分かりますか?

体は使いません。

更に言うならば、体を動かす事は邪魔になります。

今から私は少しだけ術を解放します。そうすれば、

指を僅かに動かす事すらできないでしょう…

そのような【余裕】は皆無となるでしょうから」


そう言って、遥は慎一郎の頭に両の掌を軽く乗せる。


「それでは始めます。

楽羅、そこで良く見ておきなさい。

見るだけで、感じるだけで、学びとなります」


遥がそう言い終わる時には、慎一郎は深い眠りの中に落ちていた。

慎一郎が寝入ったのだと楽羅が気付いた次の瞬間…


ズン…


部屋が、いや…この建物自体が重くなったように楽羅は感じた。

空気が重い…否、重くなり続けている。

まるで深海に沈み込んで行くような…感覚。


(…息が…呼吸ができない!?)


全身から冷や汗が出る楽羅は、全力で息を吸おうとして、気付いた。

遥は能面のように表情を動かさず、息をしているのかさえ分からない。

慎一郎も、一切苦しそうにはしていない。


(…そうか…

力任せに呼吸を、身体を動かそうとしてはいけない。

身体から力を抜く…力だけじゃなく、意識を抜く…

そして、感覚をこの部屋全体に溶かすように広げる…)


楽羅は身体から力を抜き、意識と感覚を広げていく。

すると、押し潰されるような空気の重圧が次第に気にならなくなり、呼吸も自然とできるようになっていった。

楽羅が感じた押し潰されるような感覚。

それは空気自体の密度、あるいは気圧が実際に高くなった訳では無い。

この部屋を含む建物の【気】の密度が極端に高くなったのだ。

遥がそれを成したのは、いくつか理由がある。

先ず一つは、慎一郎の魂と同調する為。


慎一郎が目にしているのは、靄の掛かった場所だった。

有効な視界は10mといったところか…

この空間がどれほど広いのか、あるいは何処まで続いているのか分からない。

とりあえず歩き出そうとした慎一郎の前に、遥が現れた。


「視界はどうですか?

身体の感覚は有りますか?

頭が揺れるようで上手く動けない等の違和感は有りませんか?」


遥の言葉に、慎一郎は一つ一つ確かめながら答える。


「…いえ、大丈夫かと思いますが…

…というよりも…

見えると思えば見える…

感覚も身体の動きも、いつも通りだと思えば違和感は消える…

そう思います」


慎一郎の答えに、遥は満面の笑みを浮かべた。


「その通りです。

予測していたよりも適応が早い…

流石ですね…私が一つも助言する事無くそれを自ら掴んでいる。

慎一郎殿、後ろに何が見えますか?」


遥に言われて慎一郎は振り返り、


「…は?

なんだこれ…こんな物、今まで無かった…はず…」


慎一郎の後ろには、巨大な門が有った。

硬い樫の木と鉄鋲でできた門。


「いや…お袋殿がいきなり現れた…

ならば、この門もお袋殿が現出させたのですか?」


「はい。のみ込みが早いですね。

この門は、淵之宮の修行にも用いる物です。

淵之宮では、この門を開く事で…感覚を森羅万象に広げる(すべ)を掴む切っ掛けとしています。

慎一郎殿の場合、この門は…能力を身体の内から外へと解放する切っ掛けとして下さい」


「なるほど…これを開く修行ですか。

やり方等は有りますか?」


「淵之宮ではこの門の前に座り、ひたすらに開くイメージを具現化するのですが…

慎一郎殿の場合は趣向を変えましょう。

打ち砕きなさい」


「…ははっ、それはまた分かり易いですね」


「急ぐのでしょう?

寸刻でも早く足掻きたいと思っているのでしょう?

ならば、逆神らしく…

己の持つあらゆる技と力を全て、余すこと無く解放し、この門を打ち砕くのです。

何時間掛かろうとも、何日掛かろうとも構いません。

己の気が済むまで、存分にやりなさい」


その言葉に、慎一郎は涙を溢れさせそうになる。

それを堪えて深く頭を下げた。


「有り難う御座います。

今の俺の心の内を完全に見透かされていますね。

仰る通りです…

俺は足掻きたい…

腹の底にあるこの悔しさを消せるまで…

唯、がむしゃらに足掻きたい…

その場を与えて下さり、誠に有り難う御座います」


顔を上げた慎一郎の頬を、そっと指で撫でる遥。


「慎一郎殿、期待していますよ。

そして、信じております」


その言葉を最後に、遥は慎一郎の前から消えた。


慎一郎は門の前に立ち、構える。

深呼吸を何度か繰り返し、己の気を充実させ整えていく。

やがて…


ドゴォッ!


硬い樫の門に、渾身の突きを打ち込んだ。


ドゴォ…ゴガァッ…ガゴンッ…


慎一郎は、何度も繰り返し渾身の打撃を打ち込み続ける。

フェンリルに、そして統吾に負けた事が心底悔しかった…

負けた己が何としても許せなかった…

今はただ、がむしゃらに打撃を打ち込みたかった…

寸刻でも、足掻きたい…

少しでもいい…

強くなれるなら、何だってやってやる…


「…ちくしょう、ちくしょう…!

くそったれ…っ!

何で俺は、こんなに…弱いんだっ…!!

何でもいい…強くなれるなら…

何だってやってやるっ!!」



………………………………………………………………


翌日、依鈴が淵之宮の屋敷に帰ってきた。


「姉上が来ているのでしょう?

婿殿も連れているのでしょう?」


帰るなり、世話役の侍女に聞く。


「はい、楽羅様が逆神の嫡男殿を連れて、参られております」


「妾に会いに来ているのでしょうから、姉上の元に案内してくれる?」


帰って早々だが、依鈴としては慎一郎に対する興味に勝てずにそう告げた。

しかし、予想に反して侍女は、


「申し訳ありませんが、それは叶いません。

逆神慎一郎様は、御屋形様の元で修行を続けておられます。

楽羅様も付き添っておられます。

御屋形様の気の範囲には、誰も近寄れませぬ」


「…修行?

逆神慎一郎殿が修行を?

妾の見立てよりも早い…

妾に会った後に修行を申し出ると観えていたのに…

最後に観えていたのは十日前…

そこから覆されたというの?

僅か十日で?

妾もまだ未熟…か…

修行は今朝から始めているの?」


「いいえ…

昨日から丸一日以上、寸刻も休まれる事無く…」


その侍女の言葉に、依鈴は目を見開く。


「……え?

母上の気で近寄れないと言うのなら、淵之宮の修行と同じ事をしているのでしょう?

それを休み無く丸一日以上?

有り得ないわ。

何かの間違いでしょう」


「いいえ…同じではございません。

御屋形様の気が、普段よりも数段強くなっております。

おそらくは、より過酷な…」


「それこそ有り得ない!!」


依鈴は声を荒げて、最奥の建物に向かって行った。

しかし、その前の渡り廊下で足を止める。

間違いではない…

目の前の建物からは、依鈴でさえ過去に一度感じた事が有るか無いか…というほどの凄まじい気を感じた。


依鈴は目を見開いたまま、呟く…


「一体何を考えているのですか…母上…

妾ですら、淵之宮の者ですら、半日の修行が限界なのですよ…

初見での妾は、1時間も持たなかった…

逆神慎一郎殿を殺すおつもりですか…」


依鈴の言葉は、本心からの呟きだった…


遥が気を強めているのは、いくつか理由がある。

1つ目は、慎一郎の魂と同調する為。

そして、慎一郎の魂の消耗をできる限り抑える為。

本来、魂そのものの修行は危険な行為でもある。

肉体や精神と違い、魂はそれ自体を動かす時に、その存在の力を消耗する。

その消耗する力は甚だしく、依鈴でさえ半日の修行で五日は寝込んでしまうほどに、肉体と精神へのダメージが深刻なのだ。

だから遥は、慎一郎の身体を布団に寝かせ、言ったのだ。

指一本動かす余裕は無くなる…と。


そして、遥が慎一郎に掛けた最後の言葉、

信じております…という言葉は、慎一郎が死ぬ事なく、生きのびる事を指す言葉だった。


ただ、遥は修行の時間を強制してはいない。

慎一郎が止めようと思えば、いつでも止められるようにしている。

いつ止めるのかは慎一郎次第。

そして慎一郎が修行を終えたのは、修行を始めてから丸二日経っていた…


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