淵之宮遥との対話
「今日はどのような用向きで来たのです?
顔を見せに来た、というだけではないのでしょう?」
淵之宮遥は微笑を浮かべたまま2人に問う。
「はい、主に3つあります」
遥は、世間話等は一切しない。
それを知る楽羅は、用件を簡潔に話す。
「まず、遅くなりましたが慎をお母様に紹介したかったのです。
次に、大晦日に須王から喧嘩を売られました。
それについて、依鈴に会って…もし何か知っている事があれば話し合いたいと思ったので。
最後に、慎の願いをどうにかできないかと思って、ここに来ました」
「慎一郎殿の事は、私も心から嬉しく思っています。
本当に良い殿方です」
慎一郎の顔を見ながら言う遥の褒め言葉を受けて、慎一郎は何とも言えない照れと焦りを覚えた。
「ありがとうございます。
しかし…照れますね…
あと、若干のプレッシャーが…」
その慎一郎の反応を見て、
「可愛いですね。
楽羅の相手でなければ、私も狙ってしまいそうです」
からかうように言う遥に、楽羅が釘を刺す。
「例えお母様であろうと、慎を横取りするのは許しません」
「戯れ言ですよ、安心なさい。
初対面で固くなっている慎一郎殿を見て、少し力を抜いて貰いたかっただけ」
楽羅の剣幕も嬉しそうに流してから、
「依鈴は今ここには居りません。
十日ほど前から使いに出ているので…明後日には戻ります」
その遥の言葉に、楽羅は少し驚いた。
「依鈴が使いに出ているのですか?」
楽羅の驚きには理由がある。
依鈴は淵之宮の次期当主…
淵之宮は九重の家の中でも、最も異質。
その【役目】を担う者と成る為には、唯ひたすらな修行が必須。
にも関わらず、十日以上も家を離れるなど…本来であれば有り得ないはず…
楽羅の驚きにも、遥は静かに答える。
「淵之宮の事なので、些細は言えませんが…
心配は無用です。帰るのは間違いありません」
「ごめんなさい、少し取り乱しました。
それでは依鈴が帰ってきたら話したいと思います」
「そうですね。
依鈴も喜ぶでしょう。
慎一郎殿には驚くかもしれませんが」
そう言いながら慎一郎を見つめ、慎一郎の願いを本人の言葉で聞きたいと言う遥。
「俺の願いは、強くなりたい。唯それだけです」
「慎一郎殿、私の見立てですが…
その歳でその力量ならば、十分かと思いますが?」
遥の返答を受けて、慎一郎はしばらく黙り…
「身体的な強さ、それと体術ならば、このまま修練を積むしかないですが…
能力を極めた者と対峙した時に、どうにか状況を打開する術を得たいと思います」
「なるほど…
では、魂を鍛えるとしましょうか」
「魂…ですか?」
「はい。
肉体は器。
意思と精神は魂の輪郭。
そしてその根幹は魂そのもの。
肉体を鍛えれば、意思と精神はそれに呼応するように強くなる。
無論、時が掛かります。
そして、魂の輪郭である意思と精神が強くなれば、少しずつ魂も強くなります。
それについては、慎一郎殿も修練を通して理解しているでしょう?」
「はい、それについては親父に叩き込まれています」
「では、反転してみましょう。
魂そのものを強くするなら、その輪郭である意思と精神、さらに器である肉体もそれに呼応して強くなります。
慎一郎殿の願いは、能力をどうにかするというもの…
具体的には?」
その問いに、慎一郎は明確に返答する。
「俺も能力を僅かでも使えれば…と。
能力に対抗できるのは、能力しかありません。
そして、能力とは…
自分がイメージした事象を現実化する力、と俺は考えています。
俺は今、自分の体の中でしか能力を使えない。
今さら物を動かしたり、炎や氷を発現できるとは思いません。
ですが、ヒントを貰いました。
天切の屋敷が襲撃された際、俺が相手したフェンリルという男は、体の表面に極限まで圧縮した能力を纏う事で楽羅の能力を防いだ。
それぐらいならば、俺にもできるようになるかもしれない…いや、できるようにしたいのです…」
「なるほど…慎一郎殿の考えは、よく分かりました。
己に何が可能で何が不可能なのかを弁え、できるかもしれない可能性を模索する。
流石は【逆神】ですね。
それならば、やはり魂を鍛えるのが最良でしょう。
今日はここまで来るのに、多少なりとも疲労があるでしょうから、明日から取り掛かりましょう」
遥の言葉に、慎一郎は再び手と頭を板敷きにつけて、
「有り難う御座います」
心からの感謝を伝える。
「2人とも、今日はゆっくりと休みなさい」
遥に言われて、慎一郎と楽羅は座を立った。
そして、障子に手を掛けて引いたところで、
「慎一郎殿」
という遥の言葉に止まる。
「夜這いならば歓迎しますよ?」
「お母様っ!」
楽羅の切るような言葉と共に、障子は素早く閉まった。
その障子を見ながら、遥は呟く。
「本当に素晴らしい。
流石は、望月の鬼姫をして、逆神の最高傑作にすると言わしめるだけの事はあります。
やはり、観るのと実際に見るのでは違いますね」




