最大の障害
11月30日、22時…
天切の屋敷が、フェンリル率いる部隊に襲撃を受けた。
輸送トレーラー3台が屋敷の敷地に隣接する道路に停まり、荷台からそれぞれ15人ずつの兵士が降りて、素早く天切の敷地内に侵入した。
フェンリルは最後尾に位置し、天切の対応を見ながら慎重に進む…そして、敷地内に入って10秒後…
カァッ
先行していた最初の兵が、屋敷の正面玄関に到達しようとした時点で、点灯された広範囲野外ライトが敷地内を隅々まで照らす。
それと同時に、屋敷のいたる所から銃声が上がった…
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ…
フェンリルの部隊は、ほぼ全員が銃弾をその身に受けざるをえなかった。
その光景を見て、フェンリルは歯噛みする。
(クソ…こちらの兵が全て視界に入るまで一切反応を見せず、全員が銃口の射線上に入った瞬間にライトを照らす事によって、その光でこちらの目を一瞬潰し、そこにアサルトライフルの一斉射。
忌々しいが、およそ、兵士として最高のタイミングと動き。
トモヒデの言う通り、天切の兵の士気と練度は非の打ち所がない。
が、こちらもその程度なら想定済み…問題は無い)
フェンリルの部隊は、その全員がトモヒデが作成したフルアーマーの防弾装備であり、今受けた弾丸程度ならば部隊行動に何の支障も無い。
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一斉射撃を止め、予め決めてあった配置に素早く移動を始める執事や侍女達。
慎一郎は彼等を見ながら、正面玄関の扉を開けて外に出る。
何の装備も着けていない、しかも無手で外に出てきた慎一郎を見て、兵士達は一瞬困惑する。
慎一郎は周囲を見渡してから、一番近くに居た兵士を一撃で殴り倒した。
その兵士は防弾ヘルメットを割られ、頭蓋骨を砕かれ首が有り得ない角度にねじ曲がっている。
完全装備の自分達の仲間が、素手の一撃で殺された事を他の兵士が認識する隙を与えず、慎一郎は最速で動く。
右手に居る兵士に瞬時に肉迫し、体の移動速度をそのまま拳に乗せて相手の胸骨に叩き込む。
防弾アーマーは意味を成さず、胸骨は砕かれて心臓と肺が破裂し、2人目も即死。
2人目が倒れる前には、その後ろに居た3人目の首を貫手で貫き、3人目も即死。
それと同時に、左側から炎が慎一郎を襲うが、慎一郎は3人目の死体を盾にしてその兵士に迫り、距離を潰すと死体を捨て、炎の能力を使った兵士の腕を即座に折り、最速の裏拳を顔面に叩き込む。
4人目も即死。
慎一郎の異常性に気付いた兵士達が慎一郎から距離を取る。
その兵士達の後ろから、砲弾のような勢いで慎一郎に迫る者が居た。
独りだけ防弾アーマーを着けていない軽装の男が、ナイフで慎一郎の腹を突いてきた。
慎一郎は、その速度に目を見開く…
何故ならその速さは、慎一郎と同じレベル。
慎一郎は反射的にそのナイフを腕で払いのけながら、その動きを止めずに相手の肋を打つ。
「…ウソだろ…」
慎一郎の口から、驚愕と共に言葉が漏れる、
相手は確かに慎一郎の打撃を喰らったにも関わらず、平然とナイフを構え直したのだ。
さらに、ナイフを払った慎一郎の腕からは、血が垂れていた。
(…こいつ、まさか…俺と同じタイプの能力なのか?)
敵の勢力を完全に潰すと決めた慎一郎は、一連の戦闘で一切手加減をしていない。
現に先に倒した4人の兵士は、それぞれ即死している。
だが、この目の前の男は全力で放った慎一郎の拳を受けて、全くダメージを負っているように見えなかった…
(今殴った感じ、採掘現場の巨大ダンプ用の3mを超えるタイヤを殴ったようだった…
鉄板やコンクリートみたいな硬さはないが、恐ろしく頑強な感じだ。
しかも、体が頑強なだけじゃなくてナイフにも何か有るのか?
軍港の時でさえ、俺が血を出したのはEシリーズの重力制御による攻撃だけだった。
なのに、切られたんじゃなくて払っただけで俺の腕が傷付けられた。
これが能力だとしたら、相当に厄介だ)
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フェンリルの目的は、【金と武力】を手に入れる事。
11歳の時、中東の紛争地帯で両親を殺され、孤児となった。
両親に罪などは無い…考古学の研究者だった両親は、研究の為に子供のフェンリルを伴いその場所を訪れ、
運悪くゲリラの襲撃に巻き込まれて殺された。
その日から、フェンリルは飢え、乾き、暴力による恐怖から離れられなくなった。
それらは常に、自分の影のように何処までもフェンリルに纏わりつく…
頼る者無きフェンリルは、ただひたすらに助けを求め続ける…
100人に声を掛け、食い物を分けてくれる者は1人か2人。
狂ってしまうほどに思い知らされた…
金と武力を持たない者の言う事など、誰も聞かないのだと…
とにかく、常に腹が減っていた…
14歳になり、ソルジャーチルドレンの傭兵としてあちこちの戦場を這いずり回った。
飢えと乾きから逃れる為には、自分自身が暴力になるしかなかった…
何度も死にかけ、生き延びる度に能力と戦闘技能は向上していった。
16歳になる頃には、フェンリルは腹の底からこのクソの掃き溜めのような紛争地帯を憎んでいた。
(両親を殺し、俺を地獄の囚人のような目にあわせたこの場所を変えてやる!
その為には、莫大な金と圧倒的な武力が要る)
金はほとんど手に入らなかったが、力は戦場に出る度に増していった…
そして18歳の時…その力に目を付けたイギリスの特殊部隊に拾われ、そこでのし上がり続けて今の立場を得るに至った。
更に現在の組織の設立メンバーの1人として、金と権力も併せ持つようになったが…
未だに足りない…
紛争地帯を変える為には、更なる金と武力が要る。
だからこそ、天切が邪魔なのだ…
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フェンリルは、目の前で自分に対し拳を構えている少年をまじまじと見る。
映像でも写真でも何度も確認してきた。
軍港の件ではこの少年を巻き込んでしまった為に、天切の一人娘を奪う事も殺す事もできなかった。
在日米軍の軍港という戦力をぶつけても、止める事すらできなかった。
保険であったはずのEシリーズですら、足止めとしてしか役に立たず、あまつさえ天切の娘との2人にスクラップにされた。
計画の全てを台無しにされた最大の要因。
トモヒデと接触した時には、能力に特化した傭兵連中も相手にならず、天切の娘すら翻弄したテレポートの能力者さえ、瞬時に無力化した少年。
トモヒデの言葉を脳裏に思い出す…
【シンイチロウサカガミ、この少年さえ居なければ】
確かにそうだ…
軍港の件でも、
トモヒデと接触した時も、
そして今、目の前で倒された自分の兵士を見て、
自分の体に打ち込まれた一撃を体感して、
確かにその通りだと確信した。
この少年さえ居なければ…
このガキさえ居なければ、組織の…自分の計画がここまで邪魔される事はあり得なかった!
「認めよう、貴様は最大の障害だ!
この襲撃を完遂する為に、貴様は…今確実に潰す!」




