いざ、乙女の戦場へ
電話を切った楽羅をバックミラーごしに見て、ハンドルを握る筆頭執事、藤原が嬉しそうに笑っている。
それを見た楽羅は、不機嫌な顔付きになってトゲトゲした口調で言う、
「なに笑ってるのよ」
「いえ、これほどにお嬢様が嬉しそうにしているのは、何年ぶりかと思いまして」
キツい言い方をする楽羅の言葉も、藤原はまったく気にせず上機嫌で返す。
「黙りなさい、貴方の仕事は運転よ。向こう半年の給料を減らされたくなかったら、その口を閉じて。
それと今日だけは、最速で最短ルートを通って1秒でも早く屋敷に向かいなさい」
「かしこまりました。しかし、これほどお嬢様を舞い上がらせるとは、よほどの御方ですな」
その言葉に、楽羅は押し黙ってしまう。
(まだ、あの時の男の子だっていう確証があるわけではないもの、でも…)
楽羅が慎一郎に話し掛けてみようと思ったのは、慎一郎を見た時の第一印象が、異質、だったからだ。
最初は、能力を発現できない生徒だと聞いていたから、そう見えたのかもしれないと思っていたが、話し掛けてからはもっとハッキリとその事を感じた。
慎一郎は、話し方や仕草を相手に合わせる。
そのくせ、その本質は相手に微塵も見せようとしない。
慎一郎が意識してそうしているのか、楽羅がその本質を認識できないのかは分からなかったが、他の生徒や先生と接している時には、そんな違和感を感じる事は今までなかった。
幼い頃に出会った1人の男の子をのぞいては…
数分間、楽羅は口を閉ざしていたが、
「確かめに行くだけよ…そして、もしもあの時の男の子なら、いずれ私の主として迎えるべき人よ」
その楽羅の言葉に、今度は藤原が黙った。ミラーごしに顔を見ると、心底驚いているのだと分かる。
「そこまで断言なさるとは…しかし、大丈夫ですかな?」
「御父様と御爺様なら心配いらないわ。御父様は一度会っているし、御爺様も一度会えば二つ返事で快諾なさるはずよ。なぜなら、彼は男の中の男よ。彼以上の人なんて、この世界には居ないもの」
楽羅はまるで自分の事のように、自信に溢れる言葉でそう言うが、藤原は首を振り、
「いえ、確かに旦那様と御館様も心配ですが…」
「なによ?」
「こう言っては何ですが、その方がお嬢様のような方に振り向いてくださるとは限らないのでは?と、つまり…既に恋人がいらっしゃったり、あるいは心に決められた方がいらっしゃるのでは?という事です」
「なっ!…そ、れは…」
「着きましたよ」
「っく!」
楽羅は歯噛みしながら、全力で走って自分の部屋に入る。
車の中ですでに考えていた服をベッドに広げると、すぐさまシャワーを浴び、髪を乾かす。
化粧は元々しないのでしていかない、というのも予め決めておいた。
ベッドに広げておいた服を着て、どうにか乾いた髪に軽く櫛を入れ、うなじのあたりで一つにまとめる。
時間を確認。
まだ大丈夫だと分かると、部屋にある姿見の前に立ち、頭からつま先までを目を皿のようにして、数分間チェックする。
(彼がどう思うかは別にして、自分としてはおかしな所は無い…と思う。でも、なんか見れば見るほど不安になってきた。
このワンピース、一応フリルとかは付いてるけど…あぁ、こんな事ならもっとカワイイ服とかアクセとか買っておけばよかった…)
楽羅は天切の令嬢という立場から、着ていく服に困る事など普段ならばあり得ない。
しかし今から会いに行く慎一郎には、天切の令嬢としてではなく、ただの楽羅として見てほしくて…だから
令嬢としての服ではなく、1人の女の子としての服を選んだ。
そのせいで、慎一郎にどう見られるかという不安が膨れあがるが、
(いや、ダメダメ…最初から弱気になったら負けよ!)
自らの不安を振り払い、再び時計を見る。
(よし、歩いても十分間に合うわ…いざ、乙女の戦場へ!)
勢いよく自分の部屋の扉を開け放ち、そのままの勢いで進んで、
「出かけるわ、1人で行くから誰も付いてこないように」
玄関に居た執事に毅然と告げてから、屋敷を出る。