唯のエゴ…
楽羅の後を歩きながら、慎一郎はあえて楽羅に同調せずに思考を巡らせる。
(流石に、怒るなって方が無理だな…
しかし、見え透いた挑発をしてきやがる。ひねりも何もないから、あからさま過ぎて効果は絶大だな。
こういう陰険で泥臭いやり口は智英じゃ無いな…
アイツならわざわざこんな挑発はしないからな。
これをやった奴の目的は…単に揺さぶりを掛けてきただけか?
あるいは、世間の天切に対する印象を悪くするのも狙いか?
今時、ネットに流れるような画像に証拠能力なんて無い。
それを理解してる連中は、これを鵜呑みにする事はない。
まあ、俺や楽羅が(自衛の為とは言え)殺しをやってる事実に変わりはないが…目が見える奴らなら、その行為自体も天切のような立場の人間には必要だというのは、理解してる。
でも、世間ってのはそうじゃない…
クラスの連中の反応がその証拠だ。
テレビやネットの情報や映像をそのまま信じ、一般社会の常識や道徳で物事を判断する。
そしてそれは間違ってない…
それが世間の常識で生きてる連中にとっての、当たり前の考えであり行為だからだ。
世間の目から見るなら、俺も楽羅も単なる異常者。
俺達もそう見られる事が分かっているからこそ、その部分を隠してきた。
悪い印象ほど世間には浸透しやすい…
天切と取り引きしている様々な組織を動かしている連中、そういう目が見える連中も、世論に押され始めればどうにもできなくなる。
何故なら、利益を生み出す根本は…普通の常識で生きてる世間の連中だからだ。
…ちょっとヤバイかもな…)
慎一郎が頭の中であれこれ考えている内に、チャイムが鳴った。
今日は朝のホームルームは無く、このチャイムですぐに1限目が始まる。
その音を聞きながら、2人は校門に向かって校庭を歩く。
「まさかこんな形で高校を辞めるなんて、さすがに考えてなかったな…」
「私だってそうよ!せっかく慎と一緒に学校に通えるようになったのに!」
慎一郎はぼやくように、楽羅に至っては悔しさを抑えきれずに、ちょっと涙目になって文句を言いながら校門を出ようとして…
その時、
2人の体がいきなり揺れた…否、揺れだしたのは地面、
「地震か!?」
「かなり大きいわ!」
楽羅はすぐに慎一郎を抱えて能力で浮き上がった。
地震の規模はかなり大きく、花壇のブロックがドミノ倒しのように崩れ、校舎の窓ガラスが弾けるように割れた。
やがて1分弱で地震はおさまり、辺りは静まりかえる。
校庭の端を通っている水道管が破裂したのか、何ヶ所かで水が噴き出していた。
割れなかった窓ガラスも全てにヒビが入っており、無事な物は1枚も無い。
「おさまった…このまま飛んで帰る?
多分道路もそれなりに被害が出てるだろうから、車よりもそっちが早いわ」
「そうだな、これだけ大きい揺れなら屋敷も心配だし…」
ドオォンッ!
空気を震えさせる爆発音、とっさに2人が見ると校舎の2階、一番端にある教室が炎を噴き出していた。
「楽羅!」
「もお!次から次に!」
楽羅は慎一郎を抱えたまま、炎を巻き上げるその教室に向かって飛ぶ、
「あそこ理科室よ!」
「今の地震でガス管が壊れたか?」
理科室の側まで寄り、慎一郎は楽羅に、
「俺をこの中に放り込め!楽羅はここで待ってろ!」
「ちょっ、本気!?」
「急げ!手遅れになるぞ!」
「怪我したら怒るからね!」
楽羅はためらいながらも、慎一郎に言われた通りその体を投げる。
慎一郎が理科室に入ると、天井の半分ほどが炎に覆われ、中に居た生徒達は床に伏せながら助けを呼ぼうと叫んでいた、
「何で逃げ…くそ!」
何故生徒と教員が誰一人教室から逃げていないのか、慎一郎はいきなりの事にパニックを起こしているのかと思ったが、違った。
地震か爆発のせいか、原因までは分からなかったが、廊下側の天井が崩れて出口を塞ぎ、逃げる事は物理的に不可能な状況だった。
しかも崩れた瓦礫は、慎一郎の力でもすぐにどうにかできる量では無い。
「しょうがねえ!」
慎一郎は怒鳴りながら、
ドガアッドガッズズン
すぐさま校庭側の壁を大きくぶち抜いた。
すぐ側に浮かんだまま待っていた楽羅に大声で、
「今から中の連中をこの穴から放り投げる!
下に落ちて怪我しないように、能力でゆっくり降ろしてくれ!」
そう怒鳴ってから、楽羅が返事をするのも聞かずに、床に伏せていた生徒と教員を壁の穴に向かって、否応なく無理やりに投げ始めた。
自分の体を2階から無理やり放り投げられる…
当然その恐怖から慎一郎の手を拒絶する生徒達。
しかし慎一郎は自分の行動を一切説明しようとはせず、黙ったまま次々に生徒達を外に向かって投げ続ける。
(説明したところで、コイツらが俺の事を信用するとは思わない…コイツらにとって今の俺は唯の人殺しだからな。
その人殺しが常人には有り得ない力で壁をぶち抜き、その穴から無理やり放り投げてるんだ。
しかもこの炎、この状況で俺の話を冷静に聞くヤツなんか居ない)
自分の行動を説明しても意味は無い。
髪や服を炎で焼かれながら、慎一郎は黙って体を動かし続けた。
やがて全員を外に出して、慎一郎も飛び出す。
「慎!」
楽羅はその体を抱きしめ、そのままゆっくりと校庭に降りた。
「別に俺は2階から飛び降りたぐらいじゃ怪我しないぞ、それに焦げ臭いし楽羅の服が汚れる」
「怪我するかしないかの問題じゃないの。焦げ臭いのも関係無い、さっきは慎の言う事聞いたんだから、今は大人しく抱きしめられてればいいの」
楽羅は地面に着地してからもしばらく慎一郎を抱きしめて、やがてゆっくりとその体を離した。
「怪我も火傷もしてないみたいだけど、髪も服もボロボロね」
慎一郎の服はあちこち焼け焦げていて、髪もところどころチリチリになり、おまけに全身ススだらけになっていた。
「酷いなりしてるってか?しょうがねぇよ、帰るまではこのままだ」
「カッコ悪いとは言ってないわ、いつでもどんな時でも、慎は私にとって最高に誇れるご主人様よ」
「…あー、ところで、校舎の中で火の出てる所は他に無さそうだが、多分教室に閉じ込められてる連中も居るはずだ」
「そうね、1階は自力で出られるだろうけど、2階と3階を見て回りましょ」
楽羅は慎一郎を抱え、ヒビの入った窓からそれらの教室を見て廻った。
閉じ込められている生徒達が居ると、慎一郎と協力して次々に校庭に降ろしていく。
それも一通り終わり、2人が屋敷に帰ろうとした時、
「天切さん!」
2人と同じクラスの女子、篠原が2人を止めた。
その顔は2人を睨んでいるようでもあり、批難しているようでもあった。
それに対し、慎一郎と楽羅は、
「…なに?」
バツの悪そうな顔で答える。
「…どうして皆を助けたの?」
「どうしてって…」
「貴方達は、人を殺すような人間なんでしょ?
どうして皆を助けたの?
偽善のつもり?人を殺しておいて、平気な顔で学校に来るような人達だものね!」
「えっと…」
「なんて言うか…」
慎一郎と楽羅は、苦しそうな顔で返答できないでいる。
誤魔化そうとしても、ネットの画像を見てしまっている以上、目で見たものを言葉だけで正すのは至難。
かと言って、正直に自分達が人殺しだと言うのも…
どんな理由にせよ、人殺しに何の偏見も持たず、普通に話したり遊んだりできる人間は、世間にどれだけ居るのか…
そして悩んだ末に、楽羅は慎一郎の手を強く握りしめた。
慎一郎は呟くように楽羅に問う、
「…いいのか?」
「ええ」
同じく呟きで答えた楽羅の手を、慎一郎はしっかりと握り返した。
そして篠原に向けられた2人の顔からは、迷いが消えていた。
否、
2人の表情は、篠原にとって今まで一度も見た事の無いものになっていた。
学校で一度も見せていない顔、それはつまり、
「貴女の言う通り、私達は人殺しよ」
「…なっ…」
はっきりと断言された言葉に、篠原は驚愕するが、楽羅は淡々と言う。
「私達が皆を助けたのは、偽善なんかじゃないわ」
「偽物の行為では無い、というの?」
「ええ、でも善行でも無い。
強いて言うなら、唯のエゴよ」
「…エゴ、ですって?」
「私達が人を殺すのも人を助けるのも、道徳や倫理では無い。
理由はたった一つ、自分達の都合よ。
もっと言うなら、自分達がそうしたいから。
だから殺すと決めたら必ず殺すし、助けると決めたら必ず助ける。
それが例え、何千何万の人達だろうとね」
「なんて人…正気で言ってるの?
そんな身勝手…許されるわけ無い」
「価値観の違いよ。
許されるかどうかでは無いもの。
私達の行動原理はただ一つ、自分自身がどうするか…という事だけよ。
確かに、他人の考えや価値観を取り入れる事も有るわ。
でも、最終的に決めるのは自分自身。
他人に何を言われようと、私達の意志と価値観は変わらない。
でも…貴女の価値観と【常識】、そして【正義】というものを否定するわけじゃない。
そうね…願わくば、私達の価値観と考えを理解できる時が来ないように祈ってるわ。
その方が貴女にとって幸福だから…」
「何を言って…?」
篠原が困惑し、楽羅が言った事の真意を判断できずにいる間に、楽羅は慎一郎を抱えて浮き上がった。
「私の言った言葉は気にしないで、忘れた方が良いわ…さよなら」
その言葉を残し、楽羅と慎一郎は飛び去って行った。




