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エスパーワールド  作者: 碧鬼


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藤原の怒声

慎一郎も楽羅も、逃げると決めたら逃げる為に全力を出す。

楽羅は飛んで先行し、ヘリまでの間に傭兵連中が居れば次々に行動不能にしていく。

炎をそれなりに使ってきたので、山火事にならないように目に付いた傭兵は残らず氷漬けにして応援として到着していたヘリに辿り着き、藤原に慎一郎の判断と退却理由を説明する。


「慎が来たらすぐにヘリを出して、もし傭兵連中が来たら左側の迎撃は任せたからね、私は右舷の奴等を止めるから」


やがて慎一郎がヘリまで走りって来て、楽羅が僅かに浮き上がったヘリの中から手を伸ばした時、楽羅の手を掴もうと同じく手を伸ばした慎一郎の真後ろ、何も無かった場所からいきなり人影が現れた。

顔を布で隠し、一足飛びで慎一郎との距離を詰めたソイツに対し、楽羅は、


(姿を消せる能力者!)


一瞬でそう判断するが、反射的に能力を発現させる事はできなかった。人影があまりに慎一郎の至近距離まで迫っていたからだ。


「慎後!」


楽羅は咄嗟に慎一郎に向かって叫ぶ…その声に慎一郎が後を振り返ったと同時に、布で顔を覆ったその人影の指先が慎一郎の顔に一瞬だけ触れる。

唯それだけの接触で、人影は再びその姿を消した。


(不意打ちが完全にはいかなかったから逃げた?)


そう思って再度慎一郎に手を伸ばそうと、楽羅が慎一郎に視線を戻した瞬間、楽羅の全身がゾクリと鳥肌を立て、息が止まる。


楽羅の目の前で、慎一郎が手を伸ばしたまま…糸の切れた人形のような動きで倒れていって…


「しいぃんっっ!!!」


悲鳴のような叫びを上げ、ほとんどパニックを起こしかけながら、能力で慎一郎の体をヘリの中に引き上げて、


「慎!どうしたの!?慎っ!ねえっ目を開けて!!」


必死に呼び掛けながら、楽羅は慎一郎の体を抱き抱える。

軍港の件の時、Eシリーズを相手にした時でさえ、慎一郎がこんな状態になる事は無かった。

どれ程の怪我を負っても、そのダメージ以上の意思の強さで己の体を支えていたからだ。

にも関わらず、今の慎一郎は完全に意識を失い、楽羅の呼び掛けにも全く反応しない。

それは、慎一郎の受けたダメージの大きさが、慎一郎の持つ鋼の意志を一瞬で上回った事を示している。

それを見た藤原は目を見開き、楽羅がここ数年聞いていなかった怒声を、ヘリの操縦席に飛ばした。


「屋敷へ!!全速だ!

エンジンの制御系を全て切れ!

屋敷に着くと同時にヘリを破棄するつもりで飛ばせ!

屋敷には緊急医療班を待機させろ!

全員最高レベルの人員でだ!

医師も検査士も力尽くでいいから連れて来い!

香山医師と武藤医師は先週から閣僚議員の検診に当たっていたな、中断させて呼び戻せ!」


「…しかし、閣僚議員の検診は政府からの正式な依頼なので…時間が…」


操縦席の隣に座り、屋敷に連絡していた黒服の1人が僅かに躊躇いながら確認してきた。

それに対しては何も言わず、藤原は自分の手で信彦に繋がる回線を開く。


「信彦様、藤原です。最優先事項の変更を進言致します」


「内容は?」


「慎一郎様が意識不明の重体に陥っておられます。その為、現時点での優先事項である敵対勢力の諜報捜索の優先順位を変更し、慎一郎様の治療及び回復を最優先事項にして頂きたいのです」


「分かった、現時刻より慎一郎君の回復に全力を尽くせ。私が日本に到着する迄5時間以上は掛かる、それ迄の全権をお前に任せる。

将文殿には私から連絡をまわす。

楽羅の命を救ってくれた慎一郎君に何か有れば、我々天切は坂神家に対して顔向けできん。

お前はどんな事をしてでも慎一郎君を助けろ、どんな事をしてでもだ」


「畏まりました」


信彦との回線が切れると、すぐに別の回線を繋ぐ。


「天切の方から直接連絡を頂けるとは…」


「追従は結構です、いいですか総理、天切からの要件は1つ。緊急事態により説明は省きますが、こちらの事情により来週まで行われる予定だった閣僚の検診を今すぐに取り止め、こちらから出していた医師2人を直ちに返して貰いたい」


「いや、それは待って頂きたい。御理解頂いているかと思いますが、今回は唯の検診ではありません。

天切の方々の主治医である御2人の医師を欠いては、私共の党としての政治的…」


「私は緊急事態だと言ったはずです。

…断ればお前もお前の党も天切の敵とみなす。

お前を含めた閣僚議員全員が1時間後に辞表を書かなければならなくなり、次の選挙ではお前の党は1つの議席も取れなくなる」


「分かりました!申し訳ありません!2度と先程のような発言は致しませんので、どうか…」


「そうですね、賢明な判断に感謝します。それでは」


強引にそれだけ言って回線を切り、今度は屋敷への回線を開いて必要な事を指示していく。


そうしている間にも、楽羅の腕の中の慎一郎の体は徐々に体温が下がり始めている…


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