飛行船の視認
楽羅と慎一郎は、瞬間移動のイケメン能力者との戦闘のせいで、大分離れてしまったログハウスに戻ろうとしていたが、
「楽羅のジャミングの話、俺もその読みは合ってると思う。そうなると、問題はその相手がどこに居るのかなんたが…一番可能性が高いのは上だな。
樹が生い茂ったりしてるし、山っていう地形から考えても地上のどこかから見てるってのは、考えにくい」
「じゃあ、私が上がれるとこまで上がってみようか?
あんまり上だと寒いから、そんなに高くは無理だけど」
「位置的に考えて、ログハウスの真上だろうな。
楽羅が出てきたのが見えたから、殺害も追加されたんだろうし。ああ、酸欠にならないくらいの高さで止めとけよ。それ以上上なら、応援が来てから対策を考えればいい。
俺は一旦智英達のとこに行ってるから、何か分かったら…」
慎一郎が最後まで言い切る前に、山道の下から新たな2人組の傭兵が駆け上がって来るのが見えて、慎一郎はすぐに楽羅との話を打ち切り、そいつら目がけて駆け出しした。
「俺はアイツらの相手をしてからログハウスに行く!
俺の事は気にせずに早く上まで行ってきてくれ!」
走りながら大声でそう言った慎一郎に、
「分かった!無理そうなら無茶せずに、私が戻るまでちゃんと逃げ回っててね!」
楽羅も大声で答え、その場から空を目指して矢のように飛び立った。
ログハウスの真上まで来て、上や周りを見渡すが、これといって見当たらない。
「ん~慎の予想が外れてるのか、それかまだずうっと上なのかな?」
今既に楽羅はログハウスから40m以上上空に居る。
「せっかくだし、行けるとこまで!」
勢いよくそう言いながら、遥か天を目指してぐんぐん上がって…
「あれ?」
全速で上を目指していた楽羅は、10秒もしない間に急停止した、
「今何かあった?」
目には何も見えなかったが、途中で違和感がある場所があった。
空気に能力を反映できる楽羅だからこそ、気付いた違和感。
何も無いのに、何かが確かにあった。
(気のせいかな?まあ、一応確かめてみよ)
どこに何が有るのか分からない為、楽羅は違和感のあった場所を目がけて、慎一郎と校庭で再会した時と同じサイズ、200mを超える火球を撃ち出した。
楽羅が発現させた常識外れの火球は、フェンリルの乗る飛行船を丸ごと飲み込む。
飛行船自体には、アンチコーティングが掛けてあった為何ら損傷は無かったが…
「見つけた!」
楽羅が嬉しそうに叫ぶ。
楽羅が叫んだ通り、飛行船はその姿を目視できるようになってしまっていた。
原因は、智英がフェンリルに送り付けた全方位不可視迷彩装置の損傷。
この装置は、飛行船の外装に都合16カ所取り付けてある。それだけの数を使って初めて、完全に対象の姿を消す事ができるのだが、後付けでしかも外部に取り付けなければならなかった為、アンチコーティングの効力の対象外となってしまっていた。
これをフェンリルの落ち度かと言えば、多少酷かもしれない。
未だどの国も実用化に至っていない三世代先のステルス迷彩装置。要するに、代用品が無ければ耐久テスト等ができる筈も無いからだ。
「さてと、コイツが主犯なんだろうけど…今ので落ちないって事はアンチコーティングが効いてるか…
どうしよう」
楽羅が飛行船を睨みながら思案し始めた時、スマホが鳴った。開いてみると、藤原からの連絡が届いている。
「あと少しで応援が到着っと、ならあれはそっちに任せて慎のとこ行こ」
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飛行船が視認されるようになってしまった事に、フェンリルは歯噛みしていた。
「何故だ!何故あの娘はここに飛行船が有ると判断できた?視認する事は絶対に不可能な筈だ!」
苛立ちと焦りは飛行船が視認できるようになった事だけでは無い…レーダーには、この山に向かって来る複数の飛行物体が感知されている。
恐らくは、いや確実に天切の応援部隊。
「そろそろ潮時ですね、今は無理をせず撤退するべきですよ」
スピーカーから聞こえてくる智英の声にも、苛立ちを隠さずに怒鳴った。
「その位の判断はできる!だが現状のままでは撤退する為の時間稼ぎすら…」
フェンリルが自分の部隊を一切連れてこずに、傭兵連中だけを使ったのは智英も予想していた通り、まだ表舞台にその姿を晒すわけにはいかないからだ。
その為に智英は傭兵達のリストとそれを雇う為の資金、更に全方位不可視迷彩装置までを提供しその案を採用する形で、フェンリルはここまで出てきた。
本来ならば十分な備えの筈だった。
何故ならば天切の娘がここに来る事など、想定していなかったからだ。
しかし、不確定要素が介入した時点で作戦を止めなかったのは、智英というあまりにも魅力的な要素が本来の目的だったからだ。
そして、完全なステルス迷彩装置を過信し過ぎていた。
ここでフェンリル自身とこの飛行船にある人員を投入すれば、天切を退けて予定通り智英を手に入れる事ができるかもしれない。
だがそれは確実ではない。
何より、まだ自分が表に出るだけの状況を整えていない。
フェンリルの苛立ちから、自身が動くべきだと判断した智英は、
「…では、天切の娘の方を撤退させましょう」
「お前が話せば引き下がるというのか?」
「いえ、俺が貴方達についたという事を慎一郎に分からせるだけでいい…それだけでアイツは引き下がります」




