中学時代…1
その頃、慎一郎はまだ中学2年生で、楽羅に出会うまでそうだったように、能力を発現できないせいで友達は1人も居なかった。
登下校も昼休みも、話し相手など誰も居ない。
その日の昼休みも独りで裏庭に出る為の渡り廊下を歩いていたが、
「坂神」
女子の声に呼び止められた。
慎一郎が立ち止まり振り返ると、校舎側の下駄箱の方から、慎一郎よりも頭1つ分ほど背の低い女子が歩いて来る。その女子は、お互いの体がぶつかるかと思うようなギリギリの距離まで来て足を止め、慎一郎の目を真っ直ぐに見て、
「坂神慎一郎」
慎一郎の名を再度フルネームで言う。
慎一郎を真っ直ぐに見るその顔は、日本人形以上に一つ一つのパーツが恐ろしいほどに整っていた。
「えっと…浮峰さん、だったな」
慎一郎は少し首を傾げながら、相手の名を口にする。
この学校では、1年〜3年までクラス替えがないのだが、慎一郎は未だにクラス全員の顔と名前が一致する自信が無い。慎一郎に覚える気が無いからなのだが、誰とも喋らないのも原因だった。
この女子の名を覚えていたのは、2つ理由があったから。
1つは、この女子もクラスの誰かと話しているのを見た事がなく、いつも独りで行動していたからだ。
慎一郎が記憶している限り、授業以外でその声を聞いたのは今が初めてだった。
「坂神、今日の放課後に裏庭に来る時間はあるか?
坂神に聞いておきたい事と、話したい事がある。
坂神の返答次第では、それなりの時間を掛けてしまうかもしれない。だから、何か予定があるのなら日を改めても構わない」
「いや、別に俺は部活入ってないし、誰かと会う予定も無いから、時間は気にしなくていいけど」
「そうか、礼を言う。では放課後に裏庭で待っている」
6限目が終わってからのホームルーム、自分の席から担任を眺めている慎一郎は、2ヶ月前の事を思い出していた。それは浮峰という名前を覚えている理由の2つ目だった。
2ヶ月前のその日、慎一郎達のクラスは4限目の授業を受けず、全員が学校のバスで別の場所へ向かっていた。学校から5kmほど離れた斎場。
「浮峰さんのお母さんが、昨日お亡くなりになりました」
朝から担任が告げたその言葉に、クラスの反応は様々だった。しかし、バスが斎場に着いた時には、バスを降りる全員誰も口を開く者は居なかった。
バスの前で、弱い雨の中傘をさし、浮峰沙姫が立っていたからだ。
葬儀が終わるまで、誰一人口を開かず、その儀式が終わった後、浮峰沙姫は火葬場に向かう前に、まだ雨が降る駐車場で傘をささずにバスの前まで歩いて来て、バスに乗ろうとしていたクラスの全員に向かって、一度だけ深く一礼した。
それに対して何人かは頭を下げたものの、誰もが顔を伏せ、浮峰沙姫の目を見た生徒は居なかった。
唯独り、一番近くに居た慎一郎を除いて…
ホームルームが終わり、鞄の中に荷物を詰めて慎一郎が教室を出る時には、呼び出した当人はすでに教室には居なかった。
(先に行ったのか…まあ、裏庭に行こう、じゃなくて裏庭で待ってるって言ってたからな。
人と一緒に行動するのが嫌なのか?だからいつも独りでいるのかもな…)
裏庭で待っている相手の事を何気なく考えながら、昼にも通った渡り廊下を歩き、裏庭にでる。
「ここだ坂神、思ったよりも早かったな。
急がせてしまったか?」
裏庭の木陰に1つだけある古ぼけたベンチ。
所々ペンキが剥がれて錆びが目立つ、かろうじて2人分のスペースがあるそこに腰掛けていた、人形のような少女。
「いや、そんなに慌てて来た訳じゃない。何も用事が無かったから真っ直ぐに来ただけ」
そう答えながら慎一郎が近づいて行くと、浮峰沙姫は自分の位置を少しだけ右に移し、左の手の平で空いた分のスペースをポンポンと叩いた。
慎一郎は素直にそこに腰を下ろし、鞄は足下に置く。
その動作をじっと見ていた浮峰沙姫は、無表情のまま小さく2回頷くと、慎一郎の顔を見たまま口を開いた。
「まずここを選んだ理由だが、他の人間には今からする話を聞かれたくないからだ。今の時間帯に限らず、この場所に来る生徒は坂神の他に居ない。学校の敷地外では、人気の少ない場所となると帰り道とは反対方向だ。
それにここなら、坂神にとっては居心地の悪い所では無いだろう。だからこの場所にした」
「分かった、ここでの話は誰にも言わない。
それで聞きたい事ってのは?」




