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エスパーワールド  作者: 碧鬼


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浮峰沙姫

「私は彼女ではなく、婚約者です」


その楽羅の言葉に、沙姫は初めて表情を動かした。

一瞬だけ、目元を和らげたのだ。


「そうか…大したものだ。貴女の名は?」


「天切楽羅です」


「浮峰沙姫だ。呼ぶ時は、さんは要らない…沙姫と呼び捨てると良い」


「私も楽羅で結構です。慎はそう呼んでますから」


「では楽羅、これだけは言わせてもらう。楽羅は普通の常識人からしてみれば、到底理解出来ないほどの、とんでもない奴を選んだのだ。

分かっているとは思うが、楽羅がロウを突き離さない限り、ロウは何があっても楽羅を守り、大切にする。

だからこれから先、何が有ろうともロウを突き離さないでくれ」


沙姫はそう言って、楽羅に対して頭を下げた。

それを見た楽羅は、ちょっと面食らったようだったが、沙姫が頭を上げた時にはそれまでの沙姫に対する話し方とは、口調を変えていた。


「貴女も慎の事を良く分かってるみたいね…でも大丈夫、沙姫がそんな事をしなくても、私は絶対に慎を裏切ったり、突き離したりなんてしないわ。

でも、ありがとう」


「何故そこで楽羅が礼を言うのだ?」


「沙姫が、慎の事を大切に想ってくれてるからよ」


沙姫はまた少しだけ目元を柔らかく変えて、


「本当に、大したものだ。…ロウ、一体どうやってこれだけの女を捕まえたんだ?」


その沙姫の質問に対し、慎一郎は店員が運んで来た飲み物とクレープを、それぞれの前に配りつつ、


「それは…ちょっと間違ってるぞ。俺が楽羅を捕まえたんじゃなくて、俺が楽羅に捕まったっていう方が正しいからな」


「そうなのか?楽羅がロウを捕まえたのか?」


「そうね、そう言った方が正解ね。

それにしても慎、貴方私達に聞きもしないで注文をしたのよね?」


自分達の前に置かれたそれぞれの飲み物とクレープを見て、ちょっと感心したように楽羅は言う、


「ああ、お前らが俺を無視して会話してたからな、だが間違っちゃいないだろ?

楽羅にはキャラメルショコラのクレープにアイスティー、沙姫にはあんこと抹茶のクレープに烏龍茶、ちなみに俺のはチョコバナナのクレープにほうじ茶だ。

嫌ならそれは俺が食うから、自分達で好きなのを注文しろよ?」


楽羅と沙姫は互いに顔を見合わせて、


「私のは合ってるから良いけど、沙姫のは?」


「合ってるさ、私の好みまで覚えてくれているとは、ちょっと驚いたが」


「大した事じゃない、メシを食うようなダチがそれだけ少ないってだけだろ」


慎一郎の言葉に、沙姫は一瞬だけ顔をしかめた。


「ロウ、そうじゃないよ。私が世話になったのは、もう2年以上前だ。しかも、共に行動したのは1週間にも満たない…にも関わらず、食べ物の好みまで覚えてくれていたのが嬉しいのだ」


「へぇ、それは凄いわね。ちょっと見直しちゃった」


ニマニマとした表情で楽羅に言われ、慎一郎は首を傾げる。


「別に普通だろ」


それぞれがクレープを平らげ、喉を潤している時、楽羅が切り出した。


「ねぇ、沙姫は今日たまたま慎と会ったの?それとも、何か用事があってここまで来たの?」


楽羅の問いに対し、沙姫はフルフルと首を振り、


「よく分からないが、ロウに会いたくなったのだ」


それを聞いた途端に楽羅と慎一郎は真剣な顔になるが、考えている事は全く別だった。


「沙姫、それって慎の事が好きだから会いに来たって事なの?」


「違う」


楽羅の疑問を否定したのは、沙姫でなはく慎一郎だった。


「沙姫にはちゃんと本命の奴が居る」


慎一郎の表情は、さっきまでののんびりしたものでは無く、軍港で戦っていた時の真剣な顔。


「沙姫、俺に会いに来る前に何処に行こうとしてた?」


「ロウに会いたくなる前は…今もそれは変わらないが智英の所に行こうとした」


「アイツはまだ前の所に居るのか?」


「そのはずだ」


今度は楽羅が会話に入れない。ただ慎一郎が真剣になっている事だけは分かる。


「ねえちょっと、慎…私にも分かるように説明してよ」


楽羅は慎一郎に抗議するが、慎一郎の口から出た言葉は説明ではなかった。


「楽羅、悪いがすぐに店を出るぞ」


そう言いながら、慎一郎はもう椅子から立ち上がっている。


「ちょっと、どうしたっていうのよ?」


慎一郎は自分に続いて店の外に出た楽羅を振り返り、


「楽羅、藤原さんに頼んで今すぐにヘリの用意をするように言ってくれ、詳しい説明はヘリの中でする」


「…分かった」


楽羅は疑問を後回しにして、すぐに屋敷に連絡を取る。

その間に慎一郎は沙姫に聞く、


「何か欲しい物はあるか?」


「…特に何も」


沙姫はちょっと目を閉じて考えてから、そう答えた。


屋敷に着くと、すでにヘリの離陸準備はできており、ヘリの側で待機していた藤原が3人を出迎えながら声を掛けてきた。


「御嬢様の話では、緊急を要する事態だという事ですが」


「はい、すぐにでも確認しなければならない事が有ります」


藤原に対しても説明をしないのは悪いと思いながらも、慎一郎がそう言うと、藤原は一言も口を挟まず、


「畏まりました、お任せ下さい」


簡潔にそう答えて頭を下げ、足早に3人をともなってヘリに乗り込む。


「それで、何を焦ってるの?」


ヘリが離陸すると、楽羅がせっついて聞いてきた。


「それにはまず、沙姫の能力を説明するのが先だ」


「普通の能力じゃないのね、レアなの?」


「沙姫も、これから会いに行く奴も超希少なタイプだ」


「ちょっと待って」


慎一郎の言葉を聞いた楽羅は、急に説明する必要は無いと言い出した。


「それなら別に無理には聞かない。

沙姫達にリスクが増えるのは、避けるべきよ」


確かに楽羅の言う事は正しい。

物を動かしたり、あるいは水や炎を出したりするような能力ならば、単純な能力として問題は無いが能力の中には希少であるが故に、その性質を知られてしまうと簡単に相手に攻略されてさしまうものがある。

それを防ぐ為には、できる限り他人に能力を知られない事が望ましい。

しかし、そんな楽羅の気遣いに対し、沙姫は慎一郎に説明を促す。


「私は構わないよ…私の能力はその性質を知られたところで、どうにかできるものでもないからな」


慎一郎は頷き、


「ならせっかくだし、中学の時の話からするか…楽羅としても沙姫とどうやって仲良くなったか知りたいだろ?」


そう言って話始めた…


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