天切としての日常
文化祭まで残り10日を切った祝日。
天切の次代を担う2人は、プライベートでもそれなりに忙しいのだが、この日は特に用事も無く、2人にとって完全な休日だった。
昨夜は普段住んでいる街から少し離れた場所まで車を走らせ、信彦と共に財界の立食パーティーに出席した慎一郎と楽羅。
以前までの楽羅ならば、誰彼に声を掛けられても常に卒無く対応し、天切の令嬢としての【役目】を泰然とこなしていたのだが、今回は慎一郎にベッタリだった。
慎一郎としては、何も分からない場所で楽羅が側に居るのが助かるという気持ちもあるのだが、
「なあ楽羅、さっきから気のある男共が張り切って誘いに来てるだろ…少しは社交辞令でも相手した方が良いんじゃないか?
天切の令嬢っていう立場とかあるだろ?」
気を遣って言う慎一郎の腕を、一切離そうとしない楽羅は、微笑を浮かべた顔で常に周りを警戒していた、
「ダメよ…今夜は絶対に離れないわ…」
楽羅の視線の先には、10代〜20代の財界の令嬢達の姿…つまり楽羅からすれば、天切の人間としていきなり注目される事になった慎一郎を、他の女に取られるかもしれない可能性が0.1%でも有ってはならない。と思っている。
ほとんどその事しか考えていない楽羅は、声を掛けてくる男共の話など、適当にあしらって会話を広げようともしないので、皆すぐに離れてしまっていた。
「大丈夫なのか?…今の奴とか結構落ち込んでたぞ?」
「大丈夫じゃないわ…あそこの肩を出したワインレッドのドレスの娘、初見だと天然としか思わない印象だけど、話し始めると驚くくらいに距離の詰め方が狡猾なのよ…その娘から2m左に居るライトグリーンのドレスの娘は、2ヶ月前に大手通信メーカーの社長に取り入ってたはず…その斜め後の薄いピンクのドレスの娘は、清純派で売ってる人気モデルだけど、先月…」
「…おい、男共の話だけじゃなくて俺とも全く話をする気は無いな?…っていうかそれほどまでにここに居る女共の情報と性格を把握してるのは、もはや尊敬するよ…」
「いいえ、まだ足りないわ…この会場に居る娘の中で社会的に抹殺できる弱味を把握しきれていない人間が3人も居るのよ…全員顔とスタイルは申し分ないのだから、隙を微塵も見せられないわ」
「……楽羅、俺はこの会場の中でお前が一番恐ろしい」
慎一郎は呆れながら言って、ふと思い付いた、
「楽羅」
「何?今私は…」
周りしか気にしていなかった楽羅の顎に指を当て、慎一郎は少し強引に自分の方に顔を向かせる。
「この会場の中に居る全員、顔とスタイルは申し分ないかもしれないが、俺は楽羅以外の誰かになびく事など絶対に無い…だから安心して俺の隣に居るといい」
そう言いながら優しく楽羅の頬を指でなでる慎一郎、その言葉を聞いた楽羅は、一瞬表情が消え…すぐに首まで真っ赤になり、
「…な、なっ、…分かってるし、そんなの…」
それだけ言うと、今度は幸せオーラ全開状態でニコニコと声を掛けてくる人達に対応していた…
それを信彦に見られていた為に、帰りの車の中で散々にからかわれてから、
「流石は婿殿だな…やはり楽羅と俺の目は確かだった」
やたらと褒められた慎一郎だった。




