慎一郎の持論
自分の能力を説明した慎一郎だが、楽羅の能力についても、慎一郎としては釈然としないと思っている。
「なあ楽羅、楽羅の能力についても聞いていいか?
炎に氷、空も飛べて海水とかの物体移動もできる…正直さ、ここまで有用な能力を1人の人間が都合良くいくつも発現できるものか?」
「あ〜なるほどね…やっぱり気になるよね…」
「俺が知ったらマズイ?なら無理には聞かない」
「いえ、大丈夫よ。慎が自分の能力をちゃんと説明してくれたんだから、私もきちんと説明する。
実はね、私の能力は1つだけなの…物を動かす能力だけ」
「…物を動かすだけ?一体どうなってる?」
「でも他の人が物を動かすのとはちょっと違うの…
私は、生まれつき他の人が干渉できないレベル…いえ、認識できない繊細なレベルにまで能力を反映できるの。
そして、訓練と練習の成果として効果範囲も桁違いになったのよ」
慎一郎は楽羅の言葉を1分ほど考えて、
「繊細……そうか!分かったぞ!
楽羅は能力の効果を、分子レベルあるいは原子レベルにまで及ぼす事ができるのか?
空気に能力を反映できるから、炎も氷も出せる。
熱量ってのは、物体がどれだけ動いてるかに比例する。楽羅が能力を作用させた範囲の空気を完全に停止させてしまえば、絶対零度、マイナス273℃まで温度が下がる。
氷ぐらい簡単に出せる。
逆に炎を出したいなら、動きを加速させてやればいい。
温度には物理上限が無いから、炎もお手の物だ」
「正解…でもね慎、私の能力が1つだけなのはトップシークレットだからね。
これを知ってるのは本当にごく限られた人だけ。
皆は、私がいくつも能力を持ってると思い込んでる。
だから、誰にも言っちゃダメだからね?」
「分かった、誰にも言わないと約束する」
真剣な顔で言う慎一郎に、楽羅は笑顔で頷き、そして真顔で、
「慎はさ…人を殺める時に、迷ったり怖がったりしないよね。本当は心の中で…自分を責めたりしてる?」
その問いに、慎一郎も楽羅に聞き返す、
「…楽羅は、あの後眠れなかったりしたのか?」
楽羅は小さく首を振る、
「いつも通り、ぐっすり眠れたわ。夢も見ないくらいにね…正直、自分が殺めた人間の事なんて頭に無かった。…前に大好きな末代が死んだ時に、誓ったから…
だから、慎の考えも聞いておきたかったの」
楽羅の本心に、慎一郎も自分の信条を話す。
「普通の人は、自分や周りの人間が急に死んだり、あるいは自分の手で誰かを殺めたり、そんな事が実際に起こるなんて考えもしないのかもな。
だが、そいつらは平和ボケして忘れてるだけさ。
人間ってのは生物なんだ、その生物である以上、常に死と隣り合わせだ。
そして生物である以上、生存競争…すなわち弱肉強食の掟からは逃れられない。
確かに、道徳や倫理観ってのは人が互いに暮らしている中で、必要不可欠なものだし…それを規定にしていろんな文化を創造してきた事は、文句の付けようもなく素晴らしい事だ。
でもそれは、あくまで平穏な日常っていう絶対条件があってこそだ。
もしも、俺や楽羅の事を人殺しだとか言って、軽蔑する奴がいたとして、そいつが俺達と同じ状況になって、それでも誰も殺せないなら…そいつはその場で死ぬ。
それで終わりだ。
いくら平和ボケした理想論や道徳、倫理観を振りかざそうとも、殺すか殺されるかの場面じゃ何の役にも立たない。
それに、手を出したのは向こうが先だ。
自分に降りかかる火の粉を振り払うのは、当然だろ?」
「Eシリーズを慎が足止めしてる時、あんなにボロボロになっても倒れなかったのは、凄いと思う。
私の為にあそこまで無理をしてくれたの?」
「それももちろんあるな…でも倒れなかった一番の理由は、俺の中にある剣を折らない為だ。
これは俺の持論だが…一度でも己自身を強くしたいとか、強く在りたいと思った者は、自分の中に剣を持ってると思う。
でもこの剣は、色んな事で刃こぼれしたり、ヒビが入ったりする。
体の怪我はもちろんだが、精神的な心の傷も大きなヒビを入れたりする。
でもな…いくら大きなヒビが入ったとしても、どれだけボロボロに刃こぼれしたりしても、最後に剣を折るのは、自分自身だと俺は思ってる。
どんなに傷がついてヒビが入ったとしても、剣を持ってる奴がその剣を折らない限り、絶対に剣は折れない。
そして剣が折れない限り、何度でもそのボロボロになった剣を…打ち直し、鍛え上げてさらに強くする事ができる。
だから、剣が折れそうになった時、そこで折ってしまうのか、それともさらに強くして鍛え上げるのかは、本人次第で…本人にしかできない事だ」




