恋する乙女…2
楽羅は屋敷に帰ると、疲れを取る為に夕方までぐっすり眠った。
そして夜、今度は着物で完璧な正装に着替え、慎一郎の家を訪れた。
案内された客間で、慎一郎の両親である将文と華澄に対し、畳に手をついて深々と頭を下げる。
「本日は、わたくしの願いを聞き入れて頂きたく参りました」
将文は楽羅に顔を上げさせ、笑顔で応える。
「昨夜は慎一郎がお役に立てて良かった。今日はどのような用件かな?」
楽羅は今までで、これほど緊張した事はない、
「はい、実は…御子息である慎一郎殿を、我が生涯の主として天切の家に迎え入れ、わたくしが生涯妻として御側にある事を許して頂きたいのです」
それを聞いた将文は、表情を消してしばらく黙り、
「もし、私がそれを許さなければどうするね?」
別に凄むでもなかったが、その将文の静かな問いに対し、楽羅は背中に冷たい汗を流しながらも、鬼気迫る顔で応える。
「もし私が慎一郎殿の御側に居られないのであれば、最早生きる意味はありません。
今この場で、そこの刀を以て斬り捨てて下さい」
言いながら、楽羅のその目には涙が浮かび上がっていく。
それを見た将文は深く頷いて、
「条件がある。楽羅殿と慎一郎が30になる前に、子を2人産んで欲しい。そしてその1人目の子を天切の跡取りに、2人目の子を坂神の跡取りとして育てて欲しい」
そこまで言うと、将文は顔を綻ばせ、声を柔らかくして、
「それでよいかな?」
その将文の優しい声と表情に、楽羅は顔を伏せ、
「有り難う御座います」
感情を抑えきれずに、ぽたぽたと畳に涙を零しながら、それだけ言うのがやっとだった。
やがて、どうにか感情を落ち着けた楽羅が顔を上げた時、
「我が愚息の為に、そこまでの覚悟と涙を流して頂いた事…誠に感謝の極み」
そう言って、将文は深々と頭を下げた。
楽羅はおろおろとしながら、
「そ、そんな事を…お止め下さい、どうか、御顔を…」
「いやいや、本当に有り難い。慎一郎の事を、そこまで想ってくれていると分かっただけで十分だ。
不安にさせてしまって申し訳ない」
顔を上げ、心底嬉しそうに言う将文の横から、華澄が笑顔で言う。
「大丈夫よ。安心して…この人がもし許さないとか言ったら、私が殴り飛ばしてでも言って聞かせるから。
女がここまでの覚悟を見せたんですもの、それに応えないようなら漢じゃないわ。ね?あなた…」
そんな事を口にする華澄から、将文は微妙に距離を取りつつ、
「ま、まあ…とにかく、そうと決まれば早速今から慎一郎を連れて帰ると良い」
それを聞いた楽羅は、流石にちょっと戸惑う。
「…今からですか?まだ本人も寝てますし、流石にそれは慎が可哀そうでは?」
いくら普段からマイペースな行動を取る楽羅でも、そう思う。
「いや、良いんだ。慎一郎を天切の次期当主とするつもりなら、できるだけ早く天切の家の環境に慣れた方が良い」
「それは…そうですが…」
「早い方が良い事は、早いに越した事はないもの。取り敢えず今は慎一郎だけを運んで、荷物は慎一郎が目を覚ました時に2人で取りにくれば良いじゃない?」
躊躇う楽羅に、華澄までもが背中を押すように笑顔で言ってくる。
「…分かりました、えっと、それでは今から連れて帰ります」
楽羅が踏ん切りをつけ、立ち上がったところで、
「子の話、くれぐれも頼む。我らの代で【逆神の血】を絶やす訳にはいかんのでな」
「産まれたら、顔を見に行くわ」
何年先になるのか分からないが、もう既に孫の話を催促してくる将文と華澄に対し、楽羅は顔を赤くしながらもどうにか答える。
「ま、任せて下さい…がっ、ガンバリマス」
そして慎一郎は楽羅の部屋に運び込まれ、翌日の昼になってからようやく目を覚ましたというわけだ。
つまりこの時にはもう、慎一郎を城に例えるなら…
堀を埋められ(学校でも逃げられないように席は隣同士となり)
城壁は崩され(家に帰ろうにも両親から楽羅に受け渡され)
最後に残るのは丸裸になった本丸(慎一郎)のみ…
何も知らないのは慎一郎だけ…




