そんな事、知った事じゃないし
やがて一段落して、信彦が楽羅達をヘリに乗せようとしたところで、慎一郎と楽羅が、
「ちょっと待て…」
と声を揃えるようにして、それを止めた。その上で2人はこう主張した。
「確かに今の状況を理解する事はできたが、自分達を巻き込み、これほどまでに危険な目にあわせたレイスを、せめて何発か殴らせろ」
そういうわけで、数分後…
2人の前にレイスが連れてこられた。
まず真っ先に楽羅が、自分にやらせろ、と強く言い張り(慎一郎はすでに船で一発殴っているので)楽羅が先にやる事になった。
楽羅はレイスの正面に立つと、急に顔をほころばせ、とびきりの笑顔で話し掛けるように近づき、レイスを当惑させた上で、見えないほどの速さで自分の脚を動かし、
グシャリ
レイスの股間を渾身の力で蹴り潰した。
声にならない声を出して、前のめりに倒れ込んだレイスの髪を掴み、無理やりに顔を上げさせると、楽羅は般若の如き形相で底冷えのする声を出す。
「貴様は私にとって、やってはならない事をやった。
慎を巻き込み、危険な目にあわせた。
そして最も許せないのは、慎を侮辱した事だ。
クズと、そう言ったな?このウジ虫が!
いいか?今回は慎が貴様を殺さなかったから我慢してやるが、もう一度私達の前にその汚いツラを見せたら、その時が貴様の最期だ。
一瞬で灰にしてやる」
そう言い終わると手を離し、うつ伏せになったレイスの頭を怒りにまかせて踵で踏みつけ、慎一郎の側に行って交代を告げる。
しかし慎一郎は、何とも言えない表情でレイスを見たまま、動こうとしない。
楽羅がふと気付いて周りを見回すと、その場に居た男全員が何とも言えない微妙な表情をしていた。
そして、慎一郎が男代表のように言う、
「楽羅、俺はパス。というか、同じ男として今以上の痛みと苦しみをアイツに与える方法が思いつかない…はっきり言って今のアイツは、男にしか分からんだろうが絶対死んだ方がマシだと思うほどの、地獄の苦しみだぞ」
慎一郎は顔を引きつらせながらそう言ったが、
「そんな事、知った事じゃないし」
とか呟いて、
「じゃ帰ろうよ、慎を早く病院に連れて行かなきゃ」
楽羅はそう言って、慎一郎の手を引きながらヘリに向かう。
帰りのヘリの中で、信彦と楽羅は慎一郎にしつこく病院に行くように言ったが、慎一郎はそんなに大した怪我ではないから、と断った。
「大丈夫ですよ、明日明後日は土日で連休だし、2日も寝てればだいたい治るでしょ」
楽羅はそれで納得したが、信彦はそれを強がりだと思い、将文からも病院に行くように勧めて欲しいと言うが、将文も平然と、
「まあ、立って歩いてますからね、問題無いでしょう」
何でも無いと言い切った。
信彦もそれ以上強く言えずに引いたが、今度はその怪我の原因であるE3の事を聞いてきた、
「それにしても、いったいどうやってあのEシリーズを相手にして、それに打ち勝つ事ができたんだ?」
信彦自身も、Eシリーズの持つ性能と頑強さを熟知しているだけに、2人がその機体をスクラップにした…
という事実にかなり驚いていた。
そしてその経緯を聞いてしきりに、感心した、と頷いて、
「なるほど、ウォーターカッターか…確かに原理は単純だ。しかし、それをあの機体を前にして閃き、さらに実際にどうすればその閃きを実現させる事ができるのかを考え、それをもって難敵を打ち破る事を実現させるとは、誠に見事!
自らの閃きと策を、いかにして実現させるか、それこそが戦場においては最も肝要で、最も難しい。
そして、これまで誰もやった事の無い方法を使う者こそ、戦においては常に勝利者となる。
信長しかり、秀吉しかり…それをこの歳でやってのけるとは」
息子が褒められているのを、苦笑しながら将文が止めようとする、
「いやいや、そう褒めてやらんで下さい…こいつの鼻が高くなり過ぎる」




