今泣き出したいのは私よ!
E3の機体が地面に落下したのを見ると、すぐさま楽羅は手をかざし、能力でその機体を動かせるか試してみる。
すると、海水が貫通した事ですでに内部の装置類が上手く機能しなくなっていたE3は、今まで能力が効かなかったのが嘘のように、手を動かした方向に移動した。
(能力が無効化されていない)
楽羅はそれが分かると、激しく息をついている慎一郎を見て、
「慎、すぐに終わらせてくるから、ちょっと待ってて。光が強過ぎるからしっかり目をつぶっててね」
そう言って屋上から飛び降り、フワリと地面に着地すると、能力を集中させ、
カッッ!
その手からプラズマを放ち、周りの全てを真昼以上の光が覆う。だが、前のようにその光が長く続く事はなく、すぐに夜の闇が戻った。
楽羅は屋上に戻って慎一郎に声をかける。
「終わったよ、もう目を開けても大丈夫」
その声に慎一郎は目を開けて、E3を見る。
そこにあったのは、E3の機体の下から三分の一だけ残った残骸。
「流石だ」
そう呟いて楽羅を見る。
「どうやったんだ?あれ…」
「プラズマって知ってる?」
「なるほどな、やっぱすげぇや、楽羅」
それだけ言うと、慎一郎は力が抜けてその場にペタンと尻餅をついて、座り込んでしまった。
それを見た楽羅は、すぐに抱き起こそうとするが、
(今慎に無理をさせない為には、私が心配そうにするよりも…)
楽羅は2秒ほど考えて、慎一郎を支えようと差し出した手で、
バチンッ
慎一郎にビンタした。
「いってぇ!?」
結構強めに打ったので、怪我にも響いたのだろう。
慎一郎は涙目で恨めしそうに楽羅を睨む。
「てんめぇ、楽羅!なんでビンタなんだよ!2人で力を合わせて強敵を倒したんだぞ!
普通は戦いで傷を負った男を、女が介抱する場面だろが!」
マンガ好きの慎一郎は、こういう場合の王道ともいうべき要求をするが、その訴えを楽羅は歯牙にも掛けずに切り捨てた。
「は?途中でへばったら許さないってさっき言ったばっかじゃん。もう忘れたの?
そのビンタは約束を破った罰よ、信じろって言ったくせに…しかも自分から!」
「なっ、だってそれは、あの機体をどうにかするまでのつもりだったし…」
慎一郎はどうにか楽羅に言い返そうとするが、目の前の楽羅が無言の圧力を加えてくる為、
「…すいません」
あっさりと白旗を上げた
(…こっ怖い…さっき、あの機体を前にしても全然折れる事のなかった俺の心が、これほど簡単に折れた…やっぱり、現実はマンガみたいにはいかないのか…)
やがて慎一郎は自分の心を守る為に、膝を抱え込んで心の殻に閉じ籠もるように動かなくなる。
だが、そんな慎一郎の背中を見る楽羅の顔は、すでに怒った表情を維持できず、逆に顔中の筋肉がヒクヒクと痙攣するように引きつっていた。
というか、心の中ではすでに超号泣していた。
(ううぅ…グスッ…今泣き出したいのは私よ!
何年もずっと憧れて好きだった慎を、たった今自分の言葉で傷つけて、あまつさえビンタまでして…うえええぇんっ…誰が見たって完璧に嫌われた!
でも、こうでもしないと慎は無理にでも動こうとする…私が心配すればするほど、俺は大した事無いって、カッコつけて見栄はって、私が心配しないように…そうだよね?
だって、慎は男の子だもんね…
けどね、慎に男の意地とプライドがあるように、私にも譲れないものがあるの。
あのオオカミに襲われた夜、何もできなかった私を命懸けで守ってくれた。
たから今は、私が慎を守るね。
その為に私は強くなったんだから…
やっと会えたんだもの、10年近くの間消えることの無かった乙女の恋心の執念と強さを、慎に教えてあげるからね)
楽羅は慎一郎に愛想を尽かされる覚悟でビンタまでしたのだが、慎一郎本人は楽羅の事を嫌いになどなってはいなかった。
正直なところ、楽羅が見せる態度に困惑したりはするものの、楽羅の基本的な性格や行動は、慎一郎にとっての女の理想像と言ってもいいほどに好きだったりする。
楽羅の頭の回転の早さ、機転の利かせ方、命のやり取りをする状況でも全く臆する事の無い肝っ玉、苦境に立たされても己の力でそれを打ち破ろうとする信念、己の感情すら抑え込むほどの鋼の意思、たゆまぬ努力に裏打ちされた絶対的な才能、そして戦いの最中でさえ変わる事のない、マイペースなハチャメチャぶり。
その全てが、【強さ】を求める慎一郎にとっての好みに当てはまっている。




