上出来だ、文句ねえ
慎一郎の体はもう、何度押し潰され、弾き飛ばされたのか…
「がはっ…うぐっ、ゼェ…ゼッ…」
体のあちこちを自らの血で紅に染め、震えの止まらない膝を無理やりに意思の力で支える。
「ハァッ…ゼッ…くそ、あばらも、ハァッ、何本か、やられたか…」
肩で息をしているにもかかわらず、少しも呼吸が楽にならない。
(かなり…ヤバイな、だがまだだ。まだへばるわけにはいかねぇ。
楽羅にカッコつけたしな…何より、ここでへばったら…
爺ちゃんにあわせる顔がねえだろうが!)
楽羅は、慎一郎が走り出した直後に目を閉じ、唯ひたすらに能力に集中していた。
凄まじい精神力と意思の力で自らの感情を抑える為に、口の中に血がにじむほど己の歯を食いしばりながら。
(できるなら…できる事なら今すぐにでも慎のそばに行って、少しでも慎が怪我しないように、楽に動けるように慎の隣で助けてあげたい…力になりたい!
でも、あの機体の前では自分の力は無力なだけ、慎を助けるどころか、足手まといにしかならない)
オオカミから助けてくれた慎一郎に憧れて、10年近くがむしゃらに自分の能力を磨いてきた。
その力が通じない…その事実がどれほど悔しいか…
(でもだからこそ、今は自分にできる事をやらなければならない。
10分も掛けてなんていられない、少しでも早く…1秒でも早くっ!)
10分に満たない、しかし狂おしいまでに感じだ時間を掛けて、
「できたっ!」
楽羅が目を見開き、間髪おかずに慎一郎をその目に捉えて、自分の感情を押し出すようにその名を叫ぶ…
「シィィィンッ!!」
己を呼ぶ楽羅の声が耳に届くと同時に、慎一郎は踵を返して声の元へと駆け出した。
凄まじい痛みが、足を踏み出すたびに体中に広がっていくが、それを無視して全力で走る。
(情けない男だな…俺も)
激痛を押して走りながらも、慎一郎は思う。
正直なところ、自分の体は楽羅の声を聞いた途端に反応したのだ。
鉛のように重かった体が、不意に少し軽くなり、自分の力ではほとんど動かせなかった足が、これほどまでに大きく踏み出せている。
(俺もまだまだだな)
そう己を戒めながら走る。
だが、そんな慎一郎をもしもその祖父が見ていたら、お前は間違っている、
と言うだろう。
慎一郎の事を必死に想い、
慎一郎の無事を必死に願い、
慎一郎への想いを何年も心の奥に秘めてきた者の叫び声が、慎一郎の体を動かす力にならないはずがない。
それが分からぬから、お前はまだ人として半人前なのだと…
慎一郎が建物の近くまで来たのを見て、楽羅は能力を使って慎一郎を浮き上がらせ、自分の側まで運ぶ。
その血だらけの姿を間近で見た楽羅は、思わず泣きそうになって顔を歪ませるが、すぐに顔を伏せる。
自分の気持ちを無理やりに抑え込んで、前を向いた時には口の端をつり上げて不敵に笑う。
(今はまだ泣けない、ここで感情に負けてしまっては駄目。慎が望んでるのは、心配や泣き顔なんかじゃない。
ここは戦場、今は戦のただ中)
なればこそ、不敵に笑んだまま慎一郎に問う。
「どう?出来ばえは?」
楽羅が指したそれを見て、慎一郎もニヤリと笑い、それの表面を軽く指で叩きながら、その仕上がりを称賛する。
「上出来だ、文句ねえ」




