やれるだけの事をやるべきだ
重力制御装置。
元々は、宇宙空間での長期滞在作業の為に作り出された装置。
本来人間を含めた地球上の生物には、重力は必要不可欠なものだ。例えば、宇宙ステーションなどに長く滞在すればするほど、平衡感覚や筋力などの重要な器官は、その機能を失っていく。
それを改善するべく作られたのが、4年前に実用化に成功した人工重力制御装置である。
開発された当初は、宇宙でしか使われない貴重品だったが、去年辺りから先進国のいくつかの国で、軍事用あるいは建設用に使えるように改良が成されている。
それがE3の機体を浮かせ、慎一郎の体を襲った衝撃の力の源。
だからこそ、E3自体が浮いている時には慎一郎に攻撃する事ができなかった。
同時に2つの方向に重力の力場を発生させる事など、不可能だからだ。
そう判断したからこそ、慎一郎はE3を蹴り飛ばせたのだが…
(さて、どうするかな…今の蹴りは不意打ちのラッキーパンチみたいなもんだ。俺が重力制御装置の理屈に気づいた事に、相手も気づいたはずだ。
それなりの対処方法を取ってくるだろ)
試しに慎一郎が攻撃を仕掛けようと近づく、E3はまだ浮いたままだったが、その浮いている高さが今までとは違っている。
さっき慎一郎が蹴り飛ばした時には、地面から1mほどの高さがあったが、今はその高さ僅か数cm。
そして、慎一郎が機体に触れる直前に浮くことを止めて、地面に落ちる。
それと同時に慎一郎の体を衝撃が襲い、飛ばされた。
「ぐうっ、あの野郎…考えやがったな…」
体中を潰されるような痛みを堪えて立ち上がりながらも、E3のオペレーターがどういう戦法を取ったのか、頭が反射的に理解する。
(あいつは、移動しながらも俺をいつでも迎撃できる高さにまで、浮かぶ高さを抑えて調整しやがった)
E3の迎撃方法は、重力制御装置で発生させた力場を使い、慎一郎を弾き飛ばすかあるいは上から押し潰すというものだが、機体が浮かんでいる時にその力場を使っていれば何もできない。
慎一郎を迎撃する為には、その力場を攻撃用に切り替えなければならず、どうしても地面に落ちてしまう。
しかし、さっきまでのように地面からの高さが1mもあれば、落ちた時に10トン以上の機体の重量による振動と衝撃で、迎撃が間に合わなくなるか、もしくは的を外してしまう。
つまりE3のオペレーターは、機体の高さを地面すれすれに調整する事で、落ちた時の衝撃を最小限に抑え、確実に慎一郎を迎撃できるようにしたのだ。
(あの機体のオペレーターは馬鹿じゃないらしい。
参ったな…これじゃあの機体を足止めする手段は、1つしか思いつかない…
問題は体が持つかどうかだが…いや、男なら持つかどうかじゃなくて、持たせてみせろってな)
慎一郎は吹っ切れたように笑うと、口の端をつり上げて犬歯をむき出しにして、ゆっくりとE3に向かって歩き出す。
そこからは、唯ひたすらにE3に迎撃されては立ち上がり、またその機体に向かって行っては迎撃されて…の繰り返し。
慎一郎が攻撃を止めれば、次は楽羅が狙われる。
そうなってしまえば、楽羅が能力に集中する時間が無くなり、E3を打ち破る事ができなくなる。
信彦と米国とのやり取りを知らない慎一郎と楽羅にとって、ここで逃げてしまえば再び襲撃される可能性がある以上、逃げるという選択は無い。
何故なら、この次も今回のように上手く生き残れるか分からない。
だからこそ慎一郎と楽羅は鋼の意思で思う、
(ならば今、やれるだけの事をやるべきだ)




