2人の父親…1
慎一郎達が狙撃され、連れ去られてから数時間後…
慎一郎の家にある客間で、楽羅の父親である信彦が畳に手をついて頭を下げていた。
「誠に申し訳ない」
それに対し、慎一郎の父の将文が手を上げて落ち着かせようとする。
「いや、顔を上げて下さい。貴方や御息女に何か非がある訳では無い。それに、もし慎一郎が共に居るのであれば、何かしらの役には立っているでしょう」
信彦が楽羅の身に起きた異変を知った時、慎一郎も共に連れ去られたのだと知り、すぐに将文の家を訪ねて詫びたのだ。
実は、慎一郎と楽羅が初めて出会う前、と言っても1時間も違わないのだが…2人の父親である将文と信彦は、あの時の民宿で子供達よりも先に顔を合わせていた。
あの時、楽羅が外に出る時に信彦が話し込んでいたのは、将文だったのである。
少しの会話をしただけでお互いの事が気に入り、子供達をそっちのけにして話し込んでしまうほどに意気投合していた。
それ以来、信彦と将文は年に1度は会っていた。
そして、信彦は自分の娘の願い…つまり10年前の慎一郎との約束を叶える為に、楽羅と慎一郎には内緒にしたまま将文の同意を得た上で、将文の勤務先を自分の持っている東京の本社に迎え入れたのだ。
その結果、将文の一家は東京に引っ越して来る事になったのである。
しかし、引っ越して来てまだ半月も経っていないのに、慎一郎を巻き込んだ今回の事件が起こってしまった。
さらに、楽羅の力の大きさを知りつつそれを隠そうとしなかった責もある。
そのリスクは十分に理解しているつもりだったが、まさか信彦に対して脅しや交渉を一切行わず、いきなり第三者である慎一郎にまで危害を加えるほどの、直接的な行動を街中で起こされるとは考えていなかった。
だが将文は取り乱す事なく、信彦に現状を聞いた。
「2人については今、どういう手を打っておられますか」
「はい、最優先で捜索を行っており、私用の人数で賄いきれない所は、話のつく自衛隊の駐屯地の責任者や、警察庁の人間にも協力をしてもらっています。
衛星からの情報も逐一拾い上げているので、何か確かな情報が入り次第お伝えします」
信彦が再び頭を深く下げて帰ろうとした時、信彦の秘書を務める黒服の1人が、慌ただしく入って来た。
「信彦様、御嬢様の現在地が…」
「かまわん、ここで話せ」
「はい。まだ確証を得ている訳ではありませんが、S県にある米軍の第2軍港で先ほど巨大な火柱と、機関砲の発砲が確認されました。何かしらの兵器を試験的に使ったにしては、あまりにも火柱が基地に近く、その報告も入っていない為、軍事演習ではないと思われます。おそらく、その火柱は…」
「楽羅が発現させた火柱か」
確実にそうだと分かる訳では無いが、しかし偶然にしてはあまりにも状況が出来過ぎている。
信彦は将文の方を振り返って、
「お聞きの通りです、おそらくは御子息もそこでしょう。私はこれから米国の友人に連絡を取り、あちら側の意図を確かめた上で現地に向かいます」
それを聞いた将文は思案顔になり、
「両国間の国際問題になりかねませんか?」
将文の言葉に、信彦はちょっと笑ってから真顔になって言う。
「先に手を出したのはあちらです。それに、外面ばかり気にして仕事の遅い外務省の連中を通していたのでは、間に合うものも間に合わなくなる」
その言葉に、将文は表情を和らげ…床の間に飾ってあった刀を掴み、
「私も同行してかまいませんか?慎にだけ気張らせておく訳にもいきません、何か力になれるかもしれない」
「もちろんです。急ぎましょう」
2人は足早に家を出る。玄関で一度だけ将文は振り返り、一言…
「ちょっと、慎を迎えに行ってくる」
妻の華澄にそれだけを告げてから、華澄がだまって頷くのを見て家を後にした。




