事件の始まり
扉をノックする音が響く。
「入れ」
その声と共に、黒いスーツを着た男が扉を開けて中に入る。部屋の造りは豪奢だが、調度品は極端に少ない。
部屋には窓さえなく、大きく頑丈な机と椅子があるだけ。
その椅子に深々と腰掛けていた初老の男が、机の引き出しから写真と書類の入った封筒を取り出し、机の上に置いた。
「レイス、その写真に写っている女を知っているな?」
「名前ぐらいならば、知っております」
「交渉の手段は任せる、引き込めるようであれば引き込め、それが無理ならば殺せ」
レイスと呼ばれた男は、眉間にシワをよせて言葉を返す。
「御命令とあれば、実行はしますが…どの程度の損害を見積っておられるのかうかがっても?」
レイスは普段ならば与えられた命令に異を唱えない、しかし今回ばかりは普段とは違いすぎる。
写真に写っているのは、あの天切の1人娘。
つまり、世界経済の28%を動かしている家を敵に回す事になる。
それに比べれば、米国の大統領の殺害の方が遥かにリスクは少ない。
「損害は、さほど考慮してはいない。実際には米軍に動いてもらう」
「米軍ですか…この娘が米国に行く機会を狙うので?」
「その必要は無い、実際に使うのは在日米軍の連中だ。在日米国海軍第2軍港、そこのクルーガーという指揮官を使う。
一応保険も付いているから、ちょうどいいだろう。
その男は指揮官としては優秀だが、その本質は負けず嫌いでな、追い詰められれば冷静さを失い、是が非でも勝ちにいこうとする。
使える手は全て使ってな」
「つまり、もしも自分の手に負えなくなれば、その保険をためらわず使う男だと?」
「そういう事だ。もしも可能であれば、その父親も殺せ…最近入ったばかりの日本人のウィザードが居たな、ソイツを使えば足は付きにくい」
レイスは諦めたように、小さく首を振ってから、
「一応、その保険とやらの事をうかがっても?」
その問いに、椅子に座ったままの男は僅かに口角を上げて、
「お前も知っているだろうが、Eシリーズと呼ばれる機体だ。最新の試作型を在日米軍に移送する予定だ」