モンスター
命令を受け、海上に立ち上る火柱を中心に、目標の女を探そうとした兵士達だったが、探す必要はなかった。
自分達の探すべき目標が、巨大な火柱を背にして腕を組み、ただ真っ直ぐに正面だけを見据えて、あまりにも自然な体勢で空中に浮かんでいたからだ。
それは、異常に慣れているはずの兵士達にとってさえ、さらに異質な光景だった。
なぜならば、通常1人の人間が発現できる能力は、1つだけのはずだ。
例えば、空を飛ぶ事のできる者は他の能力を使う事ができない。
極稀に、火と電気など2つの能力を発現できる異能者が世に出る事は知られているが、ウィザード(魔法使い)と呼ばれる彼らでさえ、2つの能力を同時に扱う事はできない。
言わばそれが、今まで研究されてきた能力者の限界なのだ。
そんな常識を平然と、当たり前のように覆したその少女を、
(本当に殺して良いのか?この少女は、新しく世に現れた人の次世代の可能性なのではないか?)
そういった感情が兵士達の間に満ち、最初は発砲する者さえ居なかった。
だが、少女が次に見せた力にそんな生ぬるい感情は消し飛ばされた。
唐突に巨大な火柱が消え、それを合図にしたかのように、けたたましい発射音と共に基地から機関砲が少女を襲う。
火柱が消えた事により、少女が力を使い果たしたと思い、その隙をつく為に機関砲の砲撃手が狙い撃ちにしたのだ。
しかし、その大口径の弾丸が少女に当たる事は無かった。
炎の壁が出現し、全ての弾丸を防いで、少女には溶けた弾丸の破片すら当たらない。
つまり、炎で弾丸を完全に気化させているのだが、機関砲の弾丸を構成する弾頭の沸点温度は3000℃以上。
マグマの温度が1300℃である事を考えれば、その温度がどれだけ異常かが分かる。
その光景を見たアルファチームのリーダーが、少女の真後ろ、完全な死角から発砲した。
それを皮切りに、少女を狙える位置にいた全員が銃のトリガーを連続して引く。
能力の発現が可能な海上でも誰も能力を使わないのは、銃よりも威力があってなおかつ正確に発現させる事ができる能力者が、軍人にも一握りしか居ないからだ。
この超能力が当たり前の世界でも、戦闘に特化した能力というものは限られる。
炎を扱えたとしても、扱えるレベルが低ければ戦場では役に立たない。
だからこそ、楽羅のような異能者は重宝される。
そして何より、多数の人間を隊として組織し、一つの目的の為に能動的に機能させる場合、それぞれが持っている能力という不安定な力を規定にして戦力とする事は、問題外であると言える。
軍隊である彼等は、自分達にとって確実な戦力となる銃による戦闘訓練を体に覚えさせる。
あらゆる方向から自身を襲うその弾丸に対し、少女は振り返る事すらしない。
少女の周りに複数発現する一握りほどの炎が、その弾丸をことごとく撃ち落とし、迎撃していく。
やがて弾を打ち尽くし兵士達の弾倉は空になるが、誰も新たなマガジンを装填しようとする者は居ない。
目の前の少女に対して、自分達の装備ではどうしようもない事を実感させられたからだ。
そして、誰ともなく口にしたモンスターという言葉が、その場に居た全員の頭に、恐怖となってこびりつく。




