交渉?長くてイラッとしたから、顔面を殴りつけてやった
入って来たのは4人、全員が黒い戦闘服で前の2人は手に何も持っていなかったが、後の2人はそれぞれベレッタを構え、慎一郎と楽羅に各々の銃口を向けている。
楽羅の正面に立った男が、口の端をつり上げながら話しかけてきた。
「さて、始めまして美しいお嬢さん。誘い方が少々強引だったが、こうでもしなければ君とは話もできないのでね」
自分達をさらった連中に否応なしに銃口を向けられて、怯えるのが普通なのかもしれないが、楽羅も慎一郎も全く動じていない。
「誘い方が強引だった?狙撃して強制的に拉致ってきただけじゃない。…それで、何の話?」
男の顔を真っ直ぐに睨み返しながら、心底嫌そうに楽羅は聞き返す。
「こちらは君の事を十分に知っているが、今の段階では君にこちらの素性を明かすわけにはいかない。
名前だけは名乗ろう、レイスと呼んでくれ。
さて、単刀直入にこちらの目的を、要は君をスカウトしたいのだ。なに…悪い話ではない、きちんと働いてさえくれれば、それに合うだけの条件と報酬を約束する」
「はぁ、スカウト…ね。クライアント、スポンサーはどこの国かしら?」
楽羅は溜息をついてから、続けざまに言う。
「貴方は日本語を喋っているけれど、ここまで強引で直接的なやり方でスカウトをしようとする以上、少なくとも日本国内ではあり得ないもの。
天切を相手にしようなんて馬鹿は、頭がどうかしてるのよ。
船を使ってるのがいい証拠。どこの国の船かきちんと提示しておけば、どこの港でも堂々と出入り出来るしね。
私をスカウトしたいのは、もちろん戦力として欲しいから。
自分で言うのもなんだけど、私が味方につくかつかないかで、国同士の戦力バランスが多少傾く。
私がつけば、軍事資金に多くつぎ込むよりも、より強力に、より安く戦力を手に入れられるし、しかも消耗品の兵器と違って、私が1人居ればいいわけだもの。
そうでしょ?」
レイスと名乗った男は、苦笑して首を軽く振る。
「いやはや、もの凄い自信だ。本当に10代の子供なのか疑いたくなる」
それに対しも、楽羅は平然と言う。
「その10代の子供に、ここまでの手間をかけている時点で、私の言葉を完全否定する事はできないわよね?」
慎一郎は横に居て、一言も口を挟まず思考を巡らせている。
(楽羅をスカウトしたいと言うのならば、それは事実だろう。
昼間に学校で見たアレを考えれば、確かにどこの国の誰だろうと、戦力として欲しがる。
俺との待ち合わせ場所で、たった一発で狙撃された事を考えて、今すぐに戦場に立つのは無理だろうが、それは当たり前の事だ。
そもそも、戦場を経験した事が無いのならば、誰だって一発で殺されてしまう。
戦場で勝ち抜き、生き残るには、才能や意志の強さだけではどうにもならない。
それらに加え、場数とそれに基づく徹底的な訓練があって、初めて戦場で勝ち抜いていく事ができる。
つまり、今すぐには無理だが数年もすれば、楽羅が絶大な戦力になる事は、目に見えている)
楽羅はさらに喋り続ける。レイスに対して会話の主導権を握らせない為と、挑発も兼ねて、
「彼を一緒に連れてきたのは、私との交渉を手っ取り早く進める為の人質?
それでも私が応じないなら、私と彼を殺す?
そうすれば、少なくとも日本から私という戦力を減らせるもの。
もし戦争になった時、多くの戦力と引き換えに私を殺すより、今殺っておいた方が貴方達にとっては破格の利益になるわ。……という事はつまり、戦争でもやるつもり?」
レイスは楽羅の言葉を黙って聞いていたが、その顔からは笑みが消えていた。
「そこまで頭が回るものかね、末恐ろしいな…ところで1つ質問だ。いや、大した事ではない。君がスカウトを受けるか、死を選ぶかを決めるまでの時間潰しのようなものだ。
そこの彼についてだが」
そう言ってレイスは慎一郎の方を向き、
「彼は能力をほとんど使えないのだろう?この船に連れてきてから調べたんだが、能力の数値が皆無だ。
しかも君が危ういというのに、一言も口をきかず下を向いたままだ。君を助けようともしない…
正直、クズのような男だな。
なぜこんなクズと待ち合わせなどしていた?」
明らかに上から見下すような目で慎一郎を侮辱する。
レイスは自らが力に頼っている為に、力の無い者には価値が無いと決め付けている手合いなのだ。
その侮辱に、慎一郎は顔を上げてゆったりと口を開いた。
「まあ、友達が1人も居ない俺がクズっていうのは、当たってるんだろうが…そこまで露骨に言われると、さすがに頭にくるな」
「ほう、ならどうする?俺の顔を殴って、お嬢さんを助け出してみるか?」
そんな事はできる筈がないと、レイスは言うが、
「ああ、そうだな…そうしよう」
レイスはその言葉に笑いそうになって、できなかった。
慎一郎の拳で顔面を潰され、後ろに飛ばされたからだ。




