意識を取り戻して…
楽羅が意識を取り戻したのは、薄暗い倉庫のような部屋だった。
「気がついたみたいだな、どっか痛むか?」
すぐ目の前に、慎一郎がいる。
楽羅は体を起こそうとして、
「ん、…あれ?撃たれたところ、アザにはなってるけど傷が?」
感覚はまだはっきりしないが、撃たれた箇所に傷は無く、体を動かしても問題はなかった。
「俺のもそうだ、多分麻酔弾だったんだろう…即効性のな」
慎一郎は、自分達がファミレスの前で倒れた時の状況を思考しながら、それを口にしていく。
「弾が体に当たってから銃声が聞こえるまで、少しタイムラグがあった。スナイパーライフルの弾ってのは、音速より速いから当然だが、これは俺達が長距離狙撃された証拠だ。
狙撃された場所からの距離が遠ければ遠いほど、音は遅れて聞こえるからな。
つまり、俺達を狙撃した奴と俺達を運んだ奴は、別って事。
瞬間移動できる能力者なら、単独でも狙撃した後に運ぶ事は可能だろうけど、それならわざわざ狙撃せずにそのまま運べばいいからな。
って事で俺達の相手は複数、狙いは最初に撃たれた楽羅。第一目標を最初に狙うのはセオリーだし、俺は引っ越してきたばっかりだ。
人数としては、俺達の監視役に1人、俺達を運ぶのに2人、狙撃した奴と合わせれば最低でも4人の計算な」
(今の推測には私も同意見。だとすると、街中で狙撃までして私達を連れてきた奴らの目的は…いや、そんな事よりも今のうちに確かめて、ハッキリとさせなくちゃ!)
「ねぇ、この手いつ怪我したの?」
楽羅はいきなり慎一郎の手を掴んで、勢いよく聞いた。
「お?なんだ急に、これはもうずいぶん前で、もうすぐ10年ってとこだけど」
「オオカミに噛まれた?その時、女の子を助けてくれたでしょ?」
畳み掛けるように言う楽羅に気圧され、慎一郎は数秒黙っていたが、
「楽羅…そうか!あの時のカグラか!でっかくなったな…いやそりゃそうか、もう10年だしなぁ、俺も高校生だし…元気してたか?」
楽羅は押し黙り、やがてボソッと
「私、学校ですぐ気付いたんだけど?慎はどうして気付いてくれなかったの?」
実は、慎一郎があの時のシンだとハッキリした今、楽羅は嬉しさのあまり抱き着きたくてしょうがないのだが、それを抑える為にあえて悪口を言ってみたのだ。
「ええ?気付かなかったのは…悪かった。なんつうか、そんなに綺麗になってるなんて思わなくてさ」
(あの時に会ってそれきりなのに、いきなり気付けって方が無理だろ)
慎一郎は心の中でそう思いながらも、怒られない為にとりあえず褒めてみたが、
「えっ、そうかな?綺麗になったんだ私…えへへ…」
「照れんなよ、褒めた俺の方が恥ずかしくなんだろ?」
「ねぇ、慎には今彼女とか居るの?」
「いや、いないけと…」
「好きな人とか、婚約者は居ない?」
「婚約者ってそんなものいるわけ無いだろ?俺まだ高校生だぞ?…っていうかとりあえずどうやってここを出るか、それを考えようぜ」
この状況をどうにかするべく、慎一郎は話題を変えようとするが、
「ヤダ」
「……ここから出たくないのかよ?ガキの頃より我儘になってねえか?」
慎一郎はちょっと呆れながら呟く、
しかしながら楽羅は恋する乙女として、目の前の獲物【慎一郎】を確実に捕らえておかなければならない。
「ならここから出られて、ちゃんと家に帰れたら、私の言う事を一つ聞いてくれる?」
「まあ、背に腹は代えられん。ただし、俺にできる範囲内でだぞ?」
慎一郎がかなり警戒しながらそう言うと、楽羅はその答えだけで満足したのか、
「大丈夫!慎にしかできない事よ♡…それじゃ、脱出の為に頑張ります!」
とびっきりの笑顔で楽羅はそう言って、手の平を床に押し付けた。
「やっぱりここ、アンチコーティングされてる」
楽羅は眉をひそめて、厄介そうに言う。
「まあ、楽羅が目を覚ました時の事を考えると、そのくらいは定石だろ。
それにしても、狙撃されて拉致されてるのに全然悲観したりしないんだな」
慎一郎の言葉に、楽羅は首を傾げる。
「悲観しても事態が好転する事って無いでしょ?」
「それは俺も同感だ、たださ…お嬢様ならこういう状況になった時、泣いたりして動けないみたいなイメージがあって…」
「ま、お嬢様なのは否定できないけと…命を狙われるのは初めてじゃないし、慎のそのイメージってちょっと違うわね。
少なくとも、私が知ってる令嬢の娘達はもっとしたたかで狡猾よ。
か弱い者が生き残れるほど、お嬢様って甘くないの」
楽羅の返答に、慎一郎は渋い顔をする。
「世知辛いね」




