幼き日の約束
シンはすぐに民宿に担ぎ込まれ、救急車では間に合わないかもしれないと、御父様が車を出し、病院に着くなり手術が始まった。
私は手術が終わるまでに、どうしてこうなったのかを御父様に話して、謝った。
思い切り怒られると思い、首をすくめて手を握りしめていると、御父様は黙って私の頭に手を置いて、手術室の扉を見ていた。
その日は一度民宿に帰り、次の日の朝になってからもう一度病院に行くと、シンが病室のベッドでシンのお父さんと話していた。
私が部屋に入っていいのか迷っていると、後ろに居た御父様が声をかけながら、私の背中を押して一緒に病室の中に入ってくれた。
「おはようございます、昨夜は本当にありがとう御座いました」
シンのお父さんは、そう挨拶しながらベッドを離れて、御父様に何か耳打ちした。
そして、そのまま2人で病室を出て行ってしまう。
私もついて行こうとすると、
「楽羅、しばらく慎君の話し相手になってあげなさい。私達は、ちょっと先生の所に行かなくてはならんのだ」
御父様にそう言われて、部屋にのこる。
後になって考えると、御父様達は私とシンが2人きりになれるように気を使ってくれたのだろうと思う。
私はシンのベッドの横にあった椅子に腰掛け、でもすぐに立ち上がってしまう。
なぜかは分からなかったけど、落ち着かない。
(なんだろう…なんか、ソワソワする)
そして立ったまま、シンの手に巻かれた包帯を見て口を開く。
「手、痛い?」
「ちょっとね、…今日こそ一緒に雪だるま作りたかったけど…」
私はシンの顔を見ず、包帯を見ながら素っ気なく言ってしまう。
「きのうは、ありがと」
「うん、俺もありがとう。一緒に遊んでくれて」
「ちがう…オオカミを、やっつけてくれたから…」
「あ、そっか、うん」
どうしてだろう、ちゃんとお礼を言いたいのに、上手くできない。
それに、話してるだけでソワソワするのが大きくなってくる。
(きのうは、全然こんな事なかったのに、なんで…そうだ!)
「ねぇ、オオカミをやっつけてくれたお礼に、シンのお願いを1つだけ聞いてあげる」
「え?お願い?…お願いかぁ」
私は自分の閃きに、
(これなら大丈夫ね!)
と、自信を持っていた。
「お菓子でも、アイスでも、何でもいいわよ」
シンはしばらく悩んでいたが、やがて顔を上げて、
「うんとねぇ、じゃあ指切りして?…お菓子はいいや」
「指切り?それだけ?お菓子はいらないの?」
私は、自分の考えていたのと全然違うシンの答えに、拍子抜けしてしまう。
「うん、いらない。だから、あと10年したらまた一緒に遊ぼうよ」
「10年?…どうしてそんなに遠くなの?」
「お父さんが、長いのがいいんだって言ってたから」
「ふぅん、じゃあ10年ね、指切り」
「うん、指切った」
シンは嬉しそうに言ったけど、私はその時指切りしただけじゃお礼にならないと思って、
(もうちょっと何かしてあげなくちゃ、でもお菓子はいらないって言ったし、どうしよう…あ、そっか、アレなら喜んでくれるかもしれない)
「シン、目、つぶって」
「なんで?」
「いいから、目をつぶらないとその手叩くわよ!」
私は自分が思いついた事に、顔を赤くしながら叱りつけるように言った。
「うっ、わかった」
シンは怯えたようにちょっと体を震わせて、目を閉じる。
「御父様と御母様にしかしてあげた事ないんだから、ありがたく思いなさい」
私はそう言いながらシンに顔をよせ、そしてそのまま…
チュウしてあげたのだ。




