葛籠は…
葛籠の屋敷にその男達が訪れたのは、6月の中頃だった。
客間にて紫雨と向き合い、3人の男達が座る。
「我々の意向を請けてもらい、礼を言う」
「よく言いますね…脅迫まがいの使者を送り付けておいて」
紫雨の刺すような視線を平然と受け流し、男達は笑う。
「我々をここにこうして招いている時点で、貴女にも協力する意思はあるだろう?」
男達は、中国の工作員。
暗部の中でも、その実力は随一と言える者達。
紫雨の言う脅迫まがいの使者とは、10日前に葛籠を訪れた者。
『日本の不特定のいくつかの都市で、無差別の殺人を起こす。
それを止めたいのならば、我が国の意向を請ける事』
そしてその意向というのは…
九重を崩壊させる事。
理由は、日本の力を削ぐ為。
今の日本の政治家は無能揃い…これは問題無い。
実力を持つ企業同士を繋げ、その中核をなすのが【天切】これが問題だ。
そして、海上の制海権を守る海自の後楯とされる【蒼真】が邪魔だ。
この2つの調査を進める中で浮かび上がったのが、九重の一族と呼ばれる者達。
その中で【軌創】はあのEシリーズと、重力制御装置を世に出した天才。
【不城】は中国でいうところの、暗部のようなものだと分かった。
【淵之宮】は占術を担う家。
【須王】は土地を広大に持ち、管理する家。
そして、使者が訪れたこの【葛籠】は、その家系から多数の政治家を出している。
【望月】と【逆神】については、調査を進めても分からなかった。
中国の暗部が葛籠に接触したのは、政治家を多数出しているからだ。
他の一族が政治家を1人も出していない事から、葛籠以外は政治には頓着しないと判断した。
「この家は政治家を多く出している…政治や権力に興味があるのでしょう?」
3人の中国人を代表する者がそう尋ねる。
「…まず、名乗ってはいかがです?」
紫雨の言葉で、3人はそれぞれ名前だけを言う。
「そうですね、孟徳です」
「妙才」
「元譲だ」
その名前に、紫雨は呆れる。
曹操、曹孟徳。夏侯淵、夏侯妙才。夏侯惇、夏侯元譲。
三国志においての、曹魏の英雄の名を使った偽名ではないか。
「分かり易い偽名を使うのですね。
信用するつもりはありませんので、構いませんが…」
そこで、紫雨は大きく息を吐き、思考を切り替える。
「貴方方の言う通り、葛籠は政治に携わっています。
その理由は、元は淵之宮の分家ですからね…
見栄を張る、というのが昔からの葛籠の指針でもあるので。
他の八家に軽んじられないように、というのがあります。
もう一つは、この国の政道を少しでもより良い方向へと進める為です。
メディアに出るような目立つ政治家ではなくとも、閣僚達への影響力を持つ者達が数人居るように務めています。
ただ…限界を感じていますので、貴方方の意向も利用する事にしましょうか。
今のままでは、この国はいずれ立ち行かなくなるなるでしょう。
それを変える為には、荒療治も必要でしょう。
そして、それを担う【悪】も。
売国奴という汚名も受け入れます。
九重は、カビの生えた仕来りを守る老害の集まりであり、それをどうにかしなければ変わるものも変わらない。
九重が目障りだというのも、本心ですので。
先ずは、淵之宮を潰しましょうか…
あの家は、九重の中核と言える。
来年の3月に、この国では180年に一度の厄災が起きます。
それに乗じるに如かず。
中国には、怨霊を死者の肉体に宿らせる術具が有ると聞きます。
それを貸しなさい。
それと、今から言う政治家…数十人の首。
それが私が協力する条件です」
紫雨の淀みない言葉に、3人の中国人は張り付けていた笑顔を消して真顔になる。
「死者に怨霊を宿らせるのは、我が国でも国宝と同列に扱われ、しかも完全に秘匿されている術具だ。
貸し出せるような物ではない」
その返答に、紫雨は表情を消し、客間を覆うほどの殺気を放つ。
「この葛籠の当主を舐めているのか?
国宝だろうが何だろうが…たかが道具一つも動かせずに、葛籠に協力しろと言うのか?
中国の暗部というのは、子供の使いなのか?」
「…どうやら本気のようだ。
良いでしょう。
術具は用意します…勝算は?」
孟徳と名乗った者の問いに、紫雨は殺気を鎮めて口の端を吊り上げる。
「そちらの出方次第、ですね。
動かせるだけの全戦力を出し惜しみしなければ、やれるでしょう。
それができなければ…確実に我々が潰される。
九重には、手心を加えるなどという思考は皆無なので」




