幼き日の記憶…1
あの時の事を忘れる事はなかったけれど、こうして夢に見るのは初めてだった。
理由は多分、慎一郎に会えたからだろう。
私を変えた、あの時の記憶…
「今年のお年玉は、何がいい?」
御父様にそう聞かれた私は、
「大きな雪だるまが作りたい!」
私ははしゃぐようにそう答えた。
普段御父様は忙しく、なかなか私とは遊んでくれない。
でも年明けのこの時だけは、私は御父様を独り占めできる。いつもお年玉として旅行に行ったりして、思いっきり遊んでもらえるのだ。
あの時御父様は、雪だるまを作りたいと言う私のわがままを聞いてくれた。
でも、東京でそう簡単に雪だるまが作れる程の雪は降らない。
だから御父様と2人で、信州の方まで行く事になった。
私は、いつもはなかなか一緒に遊んでくれない御父様と2人で旅行に行けるのと、見渡す限りの白銀の世界が嬉しくて、民宿に着いたその日はとてもじっとしていられなかった。
でも御父様に、
「雪だるまは明日の楽しみだ」
と言われていたから、とりあえず雪に触りたくて外に出たくてしょうがなかった。
「ねえ御父様、お外に出ていい?」
「ああいいぞ、でも少しの間だけだ。もうすぐ夜になるし、あんまり遠くに行ったら危ないからな。
だから、暗くなる前には部屋に帰るんだぞ」
「はい!」
御父様もついて来てくれるかと思っていたのに、この民宿に来てから知り合ったのだという人と話し込んでいて、一緒に来てはくれなかった。
せっかく2人で来たのに、なんだか御父様を取られたみたいで、私はむくれながら外に出た。
すると、私と同じくらいの男の子が、雪の上をうろうろしているのを見つけた。
(あの子もここに泊まってるのかな?…そうだ!あの子と一緒に、明日作る雪だるまの練習をしよう!)
そう思いつき、男の子に近寄って声をかける。
「ねぇ、何してるの?なんか探してるの?」
男の子は顔を上げ、ちょっと首を傾げながら、
「んーん、違うよ」
と首を振りながら答える。
「雪の上に足型付けてるんだ」
「あしかた?ふぅん、ねぇ、それよりも私と雪だるま作らない?大きいの!」
「雪だるま?…うん、いいよ!…でも今日は…」
そう言って、男の子は空を見上げながら、
「天気がいいから、やわらかいのは積もってないよ?」
「そんなの言われるまでもないわ、あそこの裏の丘の所に行くのよ!」
「え〜あそこに?もうすぐ夜になるから、あんまり遠くに行ったらダメだって、お父さんが言ってたし…」
「もんく言わないの、私についてきなさい!」
私は有無を言わせず、迷っている男の子の手を引っ張って、民宿の裏手にある丘の方に走り出した。
「ほら、ここなら大きいのが作れるわ」
そこは普段、人や車が通らない場所なのだろう、今日は晴れているのに、雪はとても柔らかかった。
「わぁ!フッカフッカしてる。…でも俺、雪だるまの作り方知らないよ」
男の子にそう言われ、私は腕を組んで偉そうに言ってやった。
「フフン、私は知ってるわ、御父様から聞いたもの。まず、手で雪を丸めるのよ。…こうやって…ほら、あなたも早くやって!」
そう言って2人で雪を丸め始めるが、そもそも作り方を知ってはいても、雪だるまを作ったことがないから、なかなか上手くできない。
初めてなのだから、上手くできなくて当たり前だ。
そして子供というのは、上手くいかない事に関して癇癪をおこすもの。
私も例外なくイライラし始めた時、不意に男の子が私の手の中を見て、
「それ、丸じゃなくて三角になってる」
こういうのを火に油と言うのだろう、
「なによ!私のにケチつけるのっ?」
私は手に持った三角のそれを、怒りに任せて男の子の顔にぶつけてやった。
「いたっ!」
男の子はたまらず顔をかばう。
その時初めて知ったのだが、めちゃくちゃ楽しいのだ!丸めた雪を誰かにぶつけるというのは。
それを知ってしまった私は、男の子目がけてやたらめったら雪を投げつけ始めた。
「いたっ、ちょっと…あいてっ、待った!タンマ!
ちょっ雪だるまは?」
男の子はどうにか私を止めようとするが、
「今はこれが楽しいの!悔しいならやり返してみれば?」
そうやって、しばらくの間必死に逃げ回る男の子に雪を投げつけていたが、急に男の子が立ち止まり動かなくなった。
「ハァッハァッ…どうしたの?もう降参?」
息を切らせて私がそう言うと、男の子は振り返って口に指を当て、
「しーっ、ほらあそこ」
そう言って、少し先の方を指差した。
私は何だろう、とそっちを見て…それに気づくと飛び上がって叫んでしまった。
「キツネじゃない!」
「しぃーー!大きな声を出すと逃げちゃうって…ああほら…」
当然ながら、キツネは私の声に驚いて逃げ出した。
「追いかけるわよっ!」
「ええ?もう帰ろうよ、うわっ」
私は渋る男の子の手を無理やりに引っ張って、それこそ全力で駆け出した。
どれくらい走ったのだろう…日はもうとっくに暮れていて、でも空の上にはお月様があって、そしてその月は満月だった。
その光が一面の雪を照らしてくれて、怖いとは思わなかった。
キツネは時々止まっては振り返り、それがまるで私達を待ってくれているみたいで、夢中になって追いかける。
急に私の足がもつれて転んでしまった。男の子があわてて起こしてくれたけど、キツネはもう見えなくなっていて、
「もう帰ろうよ、お父さんもきっと心配してる」
男の子にそう言われて、私のお腹がくぅるるぅ…と鳴ってしまって、
「そうね、分かったわよ…お腹も減ったし」
残念に思いながらも振り返って、そこである事に気付いて急に焦ってしまう。
「ちょっとまって…私達は今どこにいるの…?」
キツネを見失ったのは、林の入り口だった。
でもそこからはもう、自分達の居た民宿は見えなくなっていた。
すると男の子が私の手を握って、
「大丈夫じゃないかな…雪は降ってないから…ほら」
そう言いながら、自分達の走ってきた雪の上を指した。
「あっ!足型ね!」
「うん、あれを目印にすれば、きっと帰れるよ」
私はホッとしたけれど、焦ったのを男の子に知られたくなくて、
(そうだ、アレを見せればきっとすごくビックリするわ!)
「ねえ、私もう能力を使えるのよ」
「ホント?すごい!見せて見せて!」
「フフン、ほら」
思っていた通りの反応に機嫌を良くした私は、手の平の上に小さな氷を作り出す。
「すっげぇー!俺の保育園でも、まだ誰もできるヤツ居ないのに!」
「これはヒミツよ、さ、行きましょ」
褒められた私は、気分良く歩き出さした。
でも男の子にいきなり手を引っ張られて、止められた。
「何よいきなり」
「しっ!声出さないで」
男の子が初めて見せる怖い顔で、林の中を睨んでいた。
「犬?3匹もいるわ」
「ちがう、オオカミだ」




