11PM
細かい泡の層を乗せた水の勢いがどこか遠くへ引いていくのを耳に留め、目の前にある一点の明かりから光の膨張が開始される。そうして暗闇が解消されるうちに僕は1人の人間の腕の中で目を覚ました。周囲を見渡すよりも先にその動かない顔と目が合う。緊張と脱力のあいだを切り取ったように生死を問わない。彼は僕と同様、これから目を覚ます前の状態なのかも知れないと思った。そして一度彼の腕から自分の体を起こし、すると傍からみた彼は空を抱えるポーズのまま独りという印象が強まってしまっていた。意思の有無という違いはあるにしろ、彼は僕の目が覚めるまで側にいてくれた。だから僕も彼が帰ってくるのを待つべきなのかもしれない。辺りを見回すがここには痩せた木と支えるもののない石の柱が乱立しているだけで、自分と関りがありそうなのは、側にいた彼しかいないのだった。試しに自分のポケットを探るが、財布はおろか糸くず一本だって出てこない。痕跡すら抹消されてしまっているようだった。僕は諦めて、固まった彼の隣に腰を下ろし、木と柱とそれから雲の泳ぐ空を見上げた。風が吹いて頬の熱が冷えていくことに僕はいつしか時間を覚えるようになっていた。相手を待つこととは、自らも時間軸の上を推進していくことに違いなく、僕が彼のことを待っているあいだ、反対に彼は時間軸の上に腰を下ろし僕のことを待っているはずなのだった。木と柱と空のある世界に風が吹くのなら、時間軸にはあらゆる出来事の断片が存在し無限の判断材料に迫られるのだろう。それに比べれば早くに目覚めて、ただ待っているだけの僕は気楽なのかもしれない。何も持たず周囲だけがあり、おまけに僕はまだ生きているのだった。