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8月13日のワクワクと、8月14日の楽しさと、8月15日の寂しさと

作者: 鶴嶌大晩
掲載日:2026/08/15

 子供の頃、毎年お盆の時期になると父の実家へ行っていた。


 そこは私が住んでいる県とはかなり離れている場所であり、飛行機→電車→迎えに来てくれた車に乗って冗談抜きで半日ぐらいかけてようやく到着。


 となるとだいたい8月13日は移動だけで潰れて、8月15日も同じように移動に時間をかけなければいけない。


 それでも8月13日はいつもワクワクしていた。こんな時ぐらいしか行けないような空港、知らない路線と電車、見慣れない景色や方言。


 当時の私にとってはそれは大冒険と言っても大げさではないものだった。


 そして存分に楽しめる8月14日。


 私と近い世代の親戚たちもこの時期には同様に集まるのだが、血縁者の中で最も遠方に暮らしている私が彼/彼女たちと会えるのは、冗談抜きで1年の中でこの時期ぐらい。


 だから14日は朝から晩まで遊びつくした。


 記憶が正しければこの日だけはほとんど夏休みの宿題をした覚えはない。涼しい中でゲームをしたり、炎天下のもとで野球をしたり、汗をだらだら流しながら鬼ごっこをしたり、とにかく遊んだ。


 一緒に風呂に入ったりしてご飯を食べて、そりゃもちろん一緒に寝ていた。


 この時はとても楽しかったに決まっている。刺激のある非日常感だって強かったからだ。


 しかし楽しい時間を過ごせば過ごすほど翌日の15日は寂しくなる。


 朝から帰宅の準備を進めるのだが、それだけでもう胸が苦しくなってしまう。


 15日に遊ぶことももちろんあった。だがこの日はずっと時間を気にしなければならない。お昼には空港に向かわなければいけないからだ。


 前日とは異なるソワソワとした心境の中、まるで最後の別れかのような雰囲気を醸し出しながら行われる午前中の遊び。


 じきにタイムリミットが訪れて、びゃーびゃー泣きながらも親から手を引かれて乗り込む車。


 まあどうせ翌年も会えるのだし家に戻ったら戻ったで地元の友達と遊ぶことができたのだが、毎年のように抱えた感覚はまだ忘れることはできない。


 それでも中学生に上がって、勉強や部活が忙しくなるとお盆に父の実家へと行く機会は激減……というよりも消滅してしまった。


 各々のライフサイクルも変わって定番だったお盆の里帰りはなくなってしまったのだ。


 こうして大人になり、以前と比べると父の実家へ足を運ぶ機会は多少増えた。ところがその帰り際に子供の時のような寂しさを抱くことはなくなった。むしろ頭にあるのは空港などで買う友人たちへのお土産のことばかりだ。


 それでも父の実家の玄関を出る際には、いつも少しだけノスタルジーを感じる。


 自分は大人になったのか。それとも感性が衰えてしまったのか。


 8月13日のワクワクを。8月14日の楽しさを。8月15日の寂しさを。


 私はもう味わえなくなってしまったんだろうなあ。

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