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6

生まれつき彼は耳が聞こえなかった。そして父親には会ったことがなかった。既婚者にも関わらず、母を愛人としてしまった。そんな父親が自分と血のつながった肉塊だと思わないようにしている。母は自分のことを愛していると本気で思っていたらしい。しかし、父は本来の家庭へ戻っていった。母はそのことを弟の妊娠が発覚した時に知らされた。そして、彼女は半年前、律が中三の夏にこの世を去った。

弟は耳が聞こえない。どうすれば良い?

どうすれば、俺は何をすれば。そう考えるうちに時間は過ぎていった。父親もわからないし、母が亡くなっても何の関心も持たなかった親戚を頼りたくなかった。しかし、今になってわかる。母親は誰の目から見ても好印象ではなかった。それもそうだ。彼女は間違いを犯してしまったのだから。

新学期になり、律たち二人はアパートへ引っ越した。それまで、肩身の狭い思いをしながら親戚の家で過ごした。

親戚はある程度支援をしてくれるが、それだけでは弟を満足に中学校へ送り出してやれない。本当は部活など入らずバイトをやりたかったが、弟はそれは駄目だと言った。どうにか説得しようとしたが、駄目だった。そうして、緩めで興味のあった軽音部に入ることにしたのだ。空いた日にはバイトができるように。弟が音を聞くことが出来ないのにとんでもない皮肉だ。

『入学式大丈夫だった?』

あまり表情の変わらない彼は愛想が無い、と言われることが多かったが、律はそうは思わなかった。こうして、自分の心配をしてくれるし、勉学を疎かにすることもしない。律の誕生日には料理を振舞ってくれた。今まで料理なんてしたことがなかっただろうに。言葉で表せない幸福感と罪悪感がその身を深く覆った。こんな弟を貰ってなんて俺は幸せ者なのだろう。そして君に満足な生活を送らせてやれない自分がどうしようもなく憎らしくなる。

彼が背負っているものに比べたら薄く軽いこの感情が、大っ嫌いだ。

だから、彼がいつか運命の人に出会うのを待つ。彼を受け入れ、支えてくれるその存在を。


『大丈夫。上手くやったよ』

彼は安堵し胸をほっと撫で下ろした、様に見えた。

優しくて不器用なかわいい弟。何度君に救われたことか。何度君を見るのが辛くなったことか。でも、それでも母親を憎むことも、父親を憎むこともできなかった。

この地に生まれ落ちてしまった大事な生命(おとうと)を抱きしめた時からそんな感情は消えてしまったのかもしれない。きっとこれからも、こんなおかしな感情を抱くことはないだろう。


こんなに思い悩むことがあっても、君のおかげで幸せだよ。そう自分の声で伝えたい。

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