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「浅木ね、浅木律。オーケー」
美形の彼がそう言った。そして「じゃあ次は俺ね」と言った。
「俺の名前は新野奏斗。奏斗でいいよ。ここで部長やってます」
そう言われて少し驚く。彼も何か楽器をやるのだろうか。
「じゃあ次は俺で」眼鏡の彼が自己紹介を始める。
「三藤柊。ここに入部したいと思っています」丁寧にそう言った。
少しの間沈黙が流れた。彼がノートにペンを走らせた。眼鏡君は頭に?を浮かべた。
『花木蓮』その上に読み方を書く。『はなき れん』
三人の方を見ながら微笑んだ。
美形の彼、奏斗が口を開く。
「二人とも入部したいんだよね?」
その二人が自分と、眼鏡君、柊だと気づく。迷わず頷いた。彼もそのようにした。
そうかそうか、と奏斗が頷く。
「ただし、条件がある。」
さっき、蓮が言っていた話だと予測した。唾を飲み込む。
奏斗は少し息を吸って、よく通る声でこう言った。
「うちのボーカルは蓮だけだ」
一瞬彼が何を言ったかが分からなかった。でも彼の顔から冗談を言っているようには思えなかった。
柊が驚きを隠さず、口を開いた。
「蓮先輩って喋らないんですか?」
恐る恐る聞いていることが分かるくらい、声が小さい。
奏斗は「喋らないんじゃない、喋れないんだよ」悲しさを顔に浮かばせながら言った。
ああ、そうか。彼は喋れないのか。事実を顔に突き付けられる。こんなにショックなことを彼はどうやって乗り越えたんだろう。
また、気まずい沈黙が長く訪れた。蓮の顔は申し訳なさそうに曇っている。奏斗がその沈黙を破る。
「とにかく。そういうことだから。後戻りするなら今だよ」
そう言われて考える。でも、自分の頭ではわかっていた。そんなことは、迷う要素ではなかった。
「別に、いいよ」
そう三人に向かって胸を張ってこたえる。蓮は目を見開いて、またその目を伏せる。
柊はまだ考えている。でも、意を決したような顔をした。自分の中で答えが得られたらしい。
「俺も入部します」
奏斗の硬い表情がみるみる内に解れていく。「そっか」
「じゃあ、今日から仲間だね。みんなこう言うと入部しなくなっていくんだ」
奏斗は眩しい笑みを浮かべた。
でも、蓮の顔は一向に太陽を出す気配がない。わざと、笑顔を作っているように見えた。
いつか、この人が心から笑える日が来るといいな、ふとそう思った。
そして、そこに自分がいて彼の笑顔を見られるといいなとも思った。
こうして出会った僕ら。その部室は眩しく光っているように見えて、同じくらい暗い影が纏わりついていた。その部室の表札の文字にずっと憧れていた。
「軽音部」