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下校する前に部室に寄ろうと決めていた。少しだけ見てみたいと思っていたからだ。
ついさっきまで自分が置かれていた状況を思い出す。ただただ苦笑いをするしかない。やりすぎたな、と思った。言い返すまでは良かったのかもしれないが、顎クイは良くなかったかもしれない。いや、良くなかっただろう。
頬を二回軽くたたく。気を取り直して部室を見に行こう。廊下を歩いていると下校をする新入生とすれ違う。
「あの人、カッコよくない?」いつものように高い声が聞こえる。
そういえば、さっき女たらしって言われていたな、と思い出す。女たらしの意味は多分、好きでもないのに好きにさせるような仕草や行動をとること、だと思う。誰かを恋愛的に好き、にさせようと思って人に接したことは一度もない。ただ、自分が大切にしたいと思った人には、その人自身を心から理解できるようになりたい、その人がもし心の拠り所を必要としたのなら、自分がそうでありたい、と思った。でも、実際そうならないことは、よく知っていた。
新入生もだいぶ下校し、校舎が静まりかえってゆく。部室はどこだろう、と思いながら走っていた。
廊下の窓から漏れだす光が、手で覆いたくなるほど眩しかった。響く足音と息切れが一定のテンポで刻まれていて、とても心地が良い。そして目印の部室の表札を目にした。自分でも少し、というか結構緊張していることがわかる。乱れた呼吸を整えて深呼吸をする。そして引き戸に手をかけ、勢いよく右に引いた。
誰もいない。音さえしない。
はずだった。
窓が全開になっていて、カーテンが風でなびいている。ちょうど桜が真正面から見える。
そうじゃない。誰もいない、と思っていた部室には彼がいた。
こちらを微笑む彼は、美しい桜を背にしても霞むことはなかった。その顔がなにかを諦めている顔に思えてならなかった。
そしてまた驚く。彼の肩にはギターが担がれていた。空を映したような青色のテレキャスター。右手にはピックが握られている。
彼はギターを担いだまま、彼のリュックをあさり、ノートとペンを取り出した。何が起きているのかがわからなかった。彼はノートに
『どうかした?』
と書いた。
それを見ても自分の身に何が起こったのかが、全く把握できない。
でも、少しずつその状況を飲み込んでいく。そしてある結論に行き着く。
「おにーさん、俺の声、聞こえないの?」
彼は驚き、少し目を見開いた。少しするとまた、微笑み、こちらへ手招きをした。
その通りに、彼に近づく。彼はノートに
『聞こえてる』
と書いた。じゃあ、なんで。
下校時間はとっくに過ぎている。長い放課後はまだ続く。