親友
僕は駅に向かっていた。今が何時なのか、自分がなぜ駅へ向かっているのかもわからない。しかし駅の広場には、仕事帰りのサラリーマンや制服姿の学生カップルを見かけたので、夕方の5時頃であると予測した。
この時間帯のこの駅は非常に僕の心を掻き立てる。時計塔を囲むように置かれたベンチに腰かけ、煙草を吹かす。そして夕日がスポットライトの如く、僕を照らす。この時間を送るが為に駅へ来のかもしれない。家族との会話や友達との偽善的な付き合いにも心底疲れていた。火をつけていた煙草は、一吹きだけ吸われたまま燃え続け、そして長々とした灰はポトリと落ちた。その時、僕の名前を呼ぶ声がした。
彼の名前はY。Yとの付き合いは長い。小学校から高校まで同じ学校なのである。かといって大の仲良しというわけではない。むしろひどく嫌っていた。典型的な腐れ縁といったところである。Yは自分とは正反対の性格をしている。自分は高校の同級生を友達と思うことはできず、ただ同じ部屋で勉強する人としか思っていない。一方Yは外交的である。外交的という言葉では片付かないほどである。一度でも会ったことのある人、一言でも会話したことのある人を自分の親友であるのだと勘違いしているような男なのである。もちろんそんな性格は高校の同級生にも受け入れられず、煙たがられている。しかしYはそのことに気づいていないのか、まったく態度を変えようとはしない。そんなYが自分の唯一の癒しの時間を邪魔しようと襲いかかってきた。
「やぁ。こんなところで何をしているんだい?」
Yはいつものように馴れ慣れしく話しかけてきた。Yの問いに対して自分は答えたくないのか答えられないのか良くわからず無言のままでいた。それでもYはかまわず話しかけてくる。
「しかし学校というところは実につまらない場所だね。あそこから学べることなんて1つもないじゃないか。だから俺はいつも授業には出ているが、寝てばっかりいるよ。」
Yは自慢げに笑って話した。実につまらない話だ。本当につまらない。僕の唯一の癒しの時間をYのせいで台無しにされそうなので段々不愉快な気持ちになり、Yに別れをつげベンチから腰を上げようとした。しかしYはまだ話したりないらしく、僕の隣に座り煙草を吹かし始めた。Yは僕を帰すまいと長々と話し始める。またこの話もつまらないものであった。内容はこういうものだった。Yの話の途中に出てくるカッコ内の文字は僕の心の声だと思って読んでほしい。
「いやぁさっきの話をするようで悪いのだけど(悪いと思っているなら早く終わらせてほしい)授業中に居眠りしているのは俺がただの怠け者だからじゃない。皆のためなんだ。どういう意味かわかるかい?それは俺は机に固定されるのが耐えられず、騒ぎたくなってくるんだ(病気か?)そうすると周りの奴に迷惑をかけるだろ。だから俺は皆のために授業中眠っているんだ(学校をやめたほうが皆のためになると思うのだが)まぁあんなつまらない因数分解だ、英語の過去なんちゃらだを真面目に勉強していたら死んでしまいそうになるのも理由の1つだな。ハハハ。(こっちはお前のつまらない話で死にそうである。そして笑うな)それにしても君とは長い付き合いだね。こんなにも仲良くなれたのを神様に感謝しなきゃいけないな。神様にリンゴでも送ろうかな。ハハハ(僕はリンゴを投げつけてやりたい気分だ。そして笑うんじゃない)君は今の高校をどう思う?つまらないだろう。君も前に比べて口数も少ないじゃないか(お前と話したくないだけ)まぁ悩みでもあれば俺になんでも言う事だな。君のためならどんなことでも協力するよ(では家に早く帰れるよう協力を要請する)そういえば君はここで何をしていたんだ。まさか彼女でもできて待ち合わせか。俺に彼女ができたことも報告しないなんてみずくさい(こちらはまだなにも言ってない。こいつの想像力は末恐ろしい・・・)俺は君がなんでも話してくれると思っていたのに話してくれないなんてショックをうけたよ。もう絶交だ(大いに結構)なーんていうわけないだろ。冗談だよ。君とは一生親友でいたいんだ。君も親友は多いほうが良いと思うだろう?俺なんて数え切れないほど親友がいるんだ。本当に幸せだ(不幸になる人はまだまだ増えそうだ)みんな本当に最高の親友なんだ。でも騙されてはいけないよ。全員を全員親友だと思えば良いというものではない。なんて説明すればいいんだろう。用は心だな(意外と答えがあやふやである)心が通いあった奴を親友と呼べばいいのさ。一部で俺を嫌うやつも出てきたが(気づいていたのか)俺はまったく気にしない。だって俺を嫌い始めたやつらはみんな親友なんだ。そいつらを裏切るような真似を俺にはできない(やっぱ本物のバカである)まぁまた俺を好きになるさ。おっといけねぇ。いつの間にこんな時間じゃないか。んじゃあ君、また明日学校でな。元気だすんだよ。じゃあね。」
Yは話し終わるとお気に入りの自転車にまたがり、足早に立ち去りあっという間に姿は見えなくなった。今までの話、時間、風景、ここにあるすべてのものがなんだったのだろう。わからない。
来たときにいた仕事帰りのサラリーマンや学生のカップルはもういない。オレンジ色だった目の前の風景は薄紫色へと色を変えていた。僕はこのベンチから立ち上がる力さえも無くしていた。ただただYが数十本吸って捨てられた煙草の吸殻を眺め続けることしかできなかった。
読んでくださった皆様、こんなどうしようもないYのために貴重な時間をどうもありがとうございます。Yは別に悪いやつではありません。ただただ空気が読めないだけなんです。そんなYを寛大な心で見守ってあげてください。