公爵令嬢からの婚約破棄……ささやかな幸せがほしいの
少しブラックなのでご注意を。
今夜はプロムナード、麗しの男爵令嬢ジェシカをエスコートし鼻の下が伸び切ったウイリアム王子の前に立ちはだかったのは婚約者の公爵令嬢アマンダだった。
アマンダは衆人の監視する中でウイリアムに宣告した。
「ウイリアム王子、あなたとの婚約を破棄します!!」
ウイリアムは取り乱した。
心当たりが多すぎる。
「ア、アマンダ。急になにを言い出すんだ。婚約者である君をエスコートしなかったのは悪かったよ。謝る。この通り謝るから…」
「そんなことはどうでもよろしくってよ!」
「ジェシカのことか? ほら、これはいつものアレだよ。
もう8人目だし…」
「サバ読まなくってよろしくってよ、12人目でしょう?
でもそんなことはどうでもよろしくってよ!」
「じゃあ…」
「ああ、もうごちゃごちゃうるさい!
私はもうお顔しか取り柄がない癖に責任が重くて、なのにクソの役にも立たないばかりか厄介事ばかり引き起こす貴方との婚約を破棄したいの!
そして貧乏男爵にでも嫁ぐのオオオオオオオオ!」
「だ、誰だ!?その相手の男爵というのは!!」
「まだいないわ。これから見つけるの!」
「はあ?」
「爽やかな朝の光で目が覚めたら身だしなみを整えて朝ご飯の用意をするの。新鮮な野菜にかりかりベーコンとスクランブルエッグ。いい香りの紅茶……」
???
一般的な朝食メニューである。
「なんでもいいの、栄養飲料と軍用食以外の物が食べたいのオオオオオオオオ!!」
「「「「「ええええええ!?」」」」」」
アマンダの叫びに観衆が騒めく。
「それがダメなら修道院行きでもいいわ!!」
「なにを言ってるんだ? 気を確かに保つんだ!!」
「厳しい修行、辛い労働、質素な食事。自由なんて無い規則正しい生活…
シャワーを浴びたら今日の一日の感謝を神に捧げて眠りにつくの…」
「そんな辛い生活がしたいと言うのか!?」
「もう一週間もシャワーすら浴びてないのオオオオオ!」
「道理で少し臭う…」
王子の顔面に拳が叩き込まれる。
「なにをする! 一応とはいえ王族に対し不敬だぞ!!」
「もういっそのこと死刑にして!!
そしたら眠れるの。もう3日寝てないのオオオオオオオオ」
アマンダの叫びに観衆はドン引きしている。
「あ、いた!」
会場の入り口から声がした。
「アマンダがいました、室長!」
「ここにいたか、アマンダああああ」
「し、室長! それに聖女様……
い、いやァ……もう執務室はいやァ〜〜!
王子との婚約は破棄したの! もう私は王子の婚約者じゃないの! だからお願い、お願いイイイイ!!」
入ってきた王宮の執務室長と聖女を前にアマンダは泣き崩れてみせる。
「アマンダ。執務室は国家の重要機密を扱うため、一旦メンバーになれば担った案件が終了するまで退任は許可されない。知っているね」
「お、鬼イイイイ!!」
「そんなに優しいのか、私は?」
うん、知ってた。アマンダの嘘泣きが止まる。でもここで引き下がる訳にはいかない!
「せめて、せめて寝させて!! もう三日寝てないの。人間って一週間寝ないと死んじゃうの」
「あと三日は大丈夫と言う事じゃないか。なあに、聖女も用意してある。滅多な事にはならないさ」
「あ、ああああ……
ウイリアム王子、あなたの、あなたのせいで……」
「「ウイリアム?」」
執務室長と聖女はやっとウイリアム王子に気付き、顔を向ける。二人の目の下には隈ができていた。
「「ウイリアムううううううう〜〜」」
「ヒィっ!!」
「今が年度末ってご存知ですよねえ」
「あ、ああ。プロムの時期だし…」
「年度末はただでさえ忙しいって知ってます?」
ウイリアムはコクコク頷く。二人の圧が怖くて他の選択肢が思い浮かばない。
「それでもね、例年なら二徹もすれば片がつくんですよ」
「でもね、今年は誰かさんがやらかしてくれたおかげでまだ終わりが見えませんの」
「なのにまた騒動を起こすお積もりですか?」
「わ、私はそんな積もりはないぞ。アマンダがいきなり婚約破棄を言い出して…」
「婚約破棄ぃ? この時期にぃ?」
こめかみの血管がピクピクしている。
聖女がキレた。
「婚約破棄でもなんでもしやがれ! ただし時期を選べ、このバカ王子が!!
この忙しい時期に手間増やすんじゃねえ!!!」
忙しい時期じゃなければいいの?
そうツッコミが入る前に、聖女は手にした聖杖で王子を殴り始めた…と思ったら糸が切れたように意識を失う。
「いかん。聖女も限界だったか。回復役がおらねばこれ以上は無理だな。少し眠らせてやろうとするか。
衛兵諸君、彼女たちを執務室に運んでくれ」
「医務室ではないのですか?」
「聖女が倒れたので追っ付け他のメンバーも限界が来る。医務室ではベッドが足らん。どうせ足りんなら執務室の床に転がせておく。起きたら直ぐに仕事に戻れるようにね」
えげつねえ… 観衆の心の声が一致する。
「三時間後に迎えに行く手間も省ける」
しかも三時間しか寝させてもらえないんだ…
「ウイリアム王子。あなたも執務室へ」
「わ、私が行ってもあまり役には立たないと思いますが」
「誰があなたに仕事をさせると申しました? そんなことをさせたら我々の仕事が増えるだけなのはこの前の夏で経験済みです」
「ではなんのために?」
「執務室メンバーのストレス発散用サンドバッグ代わりです。ついでにそこの小娘も……チッ!逃げたか」
確かに鬼の方が優しいかも……
執務室には入りたくねえ…
卒業生達は一様にそう心に誓う。
「卒業生の皆さん、今年は異常ですが執務室はやり甲斐のある素晴らしい職場ですよ。
皆さんの応募を心よりお待ちしておりますね。
なお、応募がない場合は成績上位者五名を強制徴用しますのでよろしくお願いしますねぇ」
会場のあちこちから悲鳴が上がる。
「それに、仕事が終われば普通の食事が、風呂が、眠れる事がいかに幸せな事かを実感できますよ。
我々執務室一同はあなた方にささやかな幸せをお約束しましょう♪」
廊下からはアマンダと聖女の大鼾がこだましている。
私にはそれが二人の哀しい歓喜の叫びに聞こえた。
少しブラックでごめんなさい。
え!? この職場は「少し」じゃない? (^ ^;)
社長、うちの職場ディスられてますよ〜?
三徹の後の睡眠は至福であるのは作者の実感です。
でもショートスリーブが慣いになっていたため三時間後に目が覚めたのは少し悲しかった記憶があります。